今日の家族で念願ピクニック本当に楽しかったなぁ(o^^o)
去年の春は思いっきり入院中で、「来年こそは元気な身体で桜を見に行けたらいいな(*´-`)」と思ってたんでした。
その入院は補助人工心臓埋め込み手術を受けるための入院だったのだよ。
ずっと点滴をしたまま東大病院への転院を待ってた時期で、その点滴を外すとすぐまた心不全気味になるから外せないっていうお話だったのですわ。
その時はよくわかってなかったんだけど、あれは強心剤だったのかな?
ドブポンって呼ばれてたから、なんかかわいい名前だな、くらいにしか思ってなかったんでしたf^_^;
あの頃は自分の状態を正確に把握することが怖くて、自分が今どういう薬で心臓をもたせているのかとかを調べるのを敬遠してたのですた。
今ちょっと調べてみたけどやっぱり強心剤に分類されるみたいだね。大変お世話になりました(`_´)ゞ
その点滴をつけたまま4月末に家族と先生に付き添われて東大病院に転院したんだけど、2日後くらいにめっちゃ具合悪くなってしまっての。
ドブポンしてても心不全症状が酷くなってまって不整脈も止まらず、寝てても呼吸が苦しくなって、食べても吐いて。
夜中に4人部屋から広い個室に移されて、部屋についてるシャワートイレの個室に体育座りで眠ろうとしたっけか。
床が冷たくて気持ちいいな、ここでなら寝れるかな_:(´ཀ`」 ∠):みたいに思ってたんだけど、まぁベッドに戻されるよね。
そりゃそうだなんだけど、あの時は「いや、もう放っておいて、ここに居させてくだたい(;o;)……うおえっ(マジ吐き)」っていうやりとりをした気がする。
ああ、今思うとしんどかったんだな。
手術日まであと一週間あったんだけど強制的に薬で眠りについて心臓以外の機能を休ませるってことになった時は「はい、もう、それで……なんでもいいのでお願いします_:(´ཀ`」 ∠):」としか思わなかった。
あの時は本当にもうどうにでもしてくれ感があったんですた。
先生や看護師さんたちを信じて頑張るしかないっていう信頼があったし、これまでも何度も色んな病院で助けられてきた経験があったので、怖いとは思わなかったよ。
私はおとんに付き添われて東大病院に居て、今から眠らせますっていう日の朝、その日はお母ちゃんが福島からお見舞いに来てくれる予定だったから、「おかんに(わざわざ来るのに)ごめんって。ちょっと先に眠るわ。よろしく」って伝言を頼んだような気がする。よく覚えてないけど、そういう気持ちだった。
そんな一年前の自分に、大丈夫よ、って言ってあげたい。
こんなに元気に過ごせるようになるとは思っていなかったなぁ。そうなったらいいな、とは思ってたけど。
家族と周りの人たちみんなに感謝。
いつも思ってるけど、今日は特に強く感じたよ(*´ω`*)
いつもいつも、ありがとうございます。
こんなに元気になれて、すごく幸せです。
今は私は家族の介助がないとどこにも行けないから(緊急事態に備えて常に補助人工心臓の知識がある人についててもらわないといけないので)、気軽にみんなに会いには行けないけど、機会を見てきっと会いに行くからね╰(*´︶`*)╯♡







