ナチスと映画 | 中央線で読む新書

ナチスと映画

読みやすい。

「劇映画は、ナチ時代の十二年間-つまり1933~45年に、1100本を上回る本数が作られた。だが、プロパガンダ性のある作品は、そのうちの二割程度でしかない。大半の映画は娯楽映画だった」(55) これはゲッペルスが娯楽としての映画の重要性を認めていたことによる。

ナチス御用達の建築家アルベルト・シュペーアは、1934年の党大会のため、ツェッペリン広場にペルガモン神殿を模した祭殿を設計。「あまりに大きすぎて、大会に参加している者には、その全容がつかめなかった。そういった意味で映画化は欠かせなかった。映像は全体像を集約することができ、メディアを通じて宣伝することができるからである。そこに、リーフェンシュタールの存在意義があった」(62)

「ユダヤ人ジュース」(ファイト・ハーラン・1940) 史実にそっているように見せかけたプロパガンダ映画。

「もしあのナチス強制収容所の実態を知っていたら、あるいは『独裁者』はできていなかったかもしれないし、またナチどもの殺人狂を笑いものにする勇気も出なかったかもしれない」(「チャップリン自伝」)

「ヴィスコンティは、うすうす誰もが感じていた『倒錯の美』というメタファを、ナチズムに与えることに成功した。ナチスを糾弾するものでも隠蔽するものでもなく、映像という媒体のみが持つ可能性を使って、新たな一面を暴いてみせた。かくて、リーフェンシュタールの党大会映像における整然とした制服の行進の背後に隠されていたいかがわしいさの正体が暴露されることになる」(166)

2000年代となると、新しいヒトラー像が描かれるようになる。「モレク神」(ひとりの人間として)、「ヒトラー 最期の12日間」(苦悩する独裁者)。

【通勤用にGOOD】 2008年

ナチスと映画―ヒトラーとナチスはどう描かれてきたか (中公新書)/飯田 道子