日本の10大新宗教
○ 大本 出口和明(王仁三郎の孫・別に野上竜の筆名)の小説「大地の母」全十二巻「全編を通してくり返されるのは、神話的なドラマであり、初代教祖である出口なおと王仁三郎の神懸かりであり、二人に降った神同士の対立と抗争である」 学生・軍人・知識人・貴族が入信。
○ 生長の家 谷口雅春、早稲田大学で直木三十五・西条八十・坪田譲治と同窓。「耽美主義と人道主義に魅れた谷口は、早稲田大学在学中に一人の前科者の女性と出会い、学業を捨ててまで、彼女を不幸な境遇から救おうと考える。だが、経済力がないため果たせず、そのうえ、二人の関係が郷里に知れたことで学資を止められる。やむなく大学を中退し、摂津紡績に技術練習生として入社する」→「三角関係に陥ったり、資本主義の世界に対する疑問から、工場長と激論したことをきっかけに工場をやめる」→「心霊治療や催眠術に関心」→「大本への入信」→「個人の罪の問題に強く関心をもっていた谷口には、神による最後の審判を強調する大本の路線には違和感」→それでも王仁三郎の口述筆記→「出口なおが神懸かりで記した「御筆先」と、それを王仁三郎が漢字混じりに書きなしたものとを比較対照し、不敬罪に該当する箇所がないかを調査する作業」→教団発表の予言に食い違いを見つける。また出口家を天皇家に代わる地上の権力者にしようとする啓示に決定的な疑問→一燈園という宗教的共同体(便所掃除させてもらいながら家々を渡り歩く「路頭行願」)にであい、大本を去る(その前に、大本が最後の審判が起きるとしていた1922年5月5日は過ぎていた)→あれこれ苦労して雑誌「生長の家」を創刊→1940年に宗教団体法が施行・生長の家が宗教結社として認められると天皇信仰を打ち出す→太平洋戦争を「聖戦」と主張、文部省編纂の「国体の本義」を手ぬるいと批判→戦後は天皇崇拝・国家主義・家制度の復活・明治憲法復元・紀元節復活・優生保護法改正を主張→1992年 二代目総裁谷口清超の長男雅宣が太平洋戦争を侵略とし、聖戦論を否定する見解を出す「これは、天皇主義の右翼的な教団という旧来のイメージから脱皮しようとする試み」
○ 生長の家 谷口雅春、早稲田大学で直木三十五・西条八十・坪田譲治と同窓。「耽美主義と人道主義に魅れた谷口は、早稲田大学在学中に一人の前科者の女性と出会い、学業を捨ててまで、彼女を不幸な境遇から救おうと考える。だが、経済力がないため果たせず、そのうえ、二人の関係が郷里に知れたことで学資を止められる。やむなく大学を中退し、摂津紡績に技術練習生として入社する」→「三角関係に陥ったり、資本主義の世界に対する疑問から、工場長と激論したことをきっかけに工場をやめる」→「心霊治療や催眠術に関心」→「大本への入信」→「個人の罪の問題に強く関心をもっていた谷口には、神による最後の審判を強調する大本の路線には違和感」→それでも王仁三郎の口述筆記→「出口なおが神懸かりで記した「御筆先」と、それを王仁三郎が漢字混じりに書きなしたものとを比較対照し、不敬罪に該当する箇所がないかを調査する作業」→教団発表の予言に食い違いを見つける。また出口家を天皇家に代わる地上の権力者にしようとする啓示に決定的な疑問→一燈園という宗教的共同体(便所掃除させてもらいながら家々を渡り歩く「路頭行願」)にであい、大本を去る(その前に、大本が最後の審判が起きるとしていた1922年5月5日は過ぎていた)→あれこれ苦労して雑誌「生長の家」を創刊→1940年に宗教団体法が施行・生長の家が宗教結社として認められると天皇信仰を打ち出す→太平洋戦争を「聖戦」と主張、文部省編纂の「国体の本義」を手ぬるいと批判→戦後は天皇崇拝・国家主義・家制度の復活・明治憲法復元・紀元節復活・優生保護法改正を主張→1992年 二代目総裁谷口清超の長男雅宣が太平洋戦争を侵略とし、聖戦論を否定する見解を出す「これは、天皇主義の右翼的な教団という旧来のイメージから脱皮しようとする試み」