日本サッカーと「世界標準」 | 中央線で読む新書

日本サッカーと「世界標準」

先のワールドカップ後に、誰かしらかが中村をファンタジスタと呼ぶなり
セルジオ越後は「しばらくはファンタジスタって言葉は使用禁止だな」と
言い放った。

サッカーメディアは「ファンタジスタ」「海外組」「自由」「黄金の中盤」「ジーコ」、
こうした言葉に酔っていたわけだが、セルジオはそうした雰囲気に乗らない。

前回は、フル代表とユース代表の監督をトルシエに一任しユース世代から
フル代表へ入る選手を育てたにもかかわらず、ジーコは五輪代表監督を
断った。せっかくトルシエで成功した例が出来たにもかかわらず、である。

セルジオはならば協会は、フルとユースを同じにするという制度を変えるの
ではなく、兼任を断ったジーコを変えるべきであったと。

【通勤用にGOOD】 2006年
セルジオ越後
日本サッカーと「世界基準」