対論 昭和天皇 | 中央線で読む新書

対論 昭和天皇

昭和天皇が最後までこだわったのも、いかにすれば「国体護持」が可能かと
いうことだった。皇統を維持するという意識は最後まで非常に明確で、そのため
には神器を確保しなければいけないんだという発想になってくるわけですよ。
一方、皇太后や島津治子の場合は違う。復古神道の流れをくむ、教義や宗教と
しての神道に入れ込んだわけです。そこで彼女たちが考えていたのは、「国体」を
護持するというよりは、自分の信仰をあくまでも貫いていくという発想だったのでは
ないか。
一般的には明治維新のバックボーンになったのは復古神道と水戸学だといって
一緒にされるんだけども、この二つの流れは、結局は相容れないままだったんじゃ
ないかという感じがするんですよね。」(原武史・156p)

昭和天皇が戦前より天皇機関説、戦後の人間宣言、退位を検討した背景にある
ものは、この点であろうか。

また、保阪正康は、佐野・鍋山が転向した際の「日本にマルキシズムは必要ない」の
背景には、日本の改革の主体に天皇(明治維新・大正維新・昭和維新)があったためと
推察(191p)

【通勤用にGOOD】 2004年
原 武史, 保阪 正康
対論 昭和天皇