日米中三国史 | 中央線で読む新書

日米中三国史

工業技術の革新を軸として日米中(若干ソ連)の戦後をまとめている。
非常に面白い。

戦後ドイツから日本へとカメラの中心は移る。一節にはアメリカのカメラ屋に
ユダヤ人が多く、日本製を好んで扱ったからというのがあるが、それは俗説と
思われる。
本書によると、日本メーカーは当初ライカの後を追うが、1954年にライカM3
登場するや、これにはとても追いつけないと後追いをあきらめ、ドイツ勢が重点
をおいていなかった一眼レフに全力を挙げたことによる。
これは後々「日本カメラ工業史」(日本写真機工業会編纂)に書かれたこと。

高度成長期、公害はまだ一過性のものと思われていた。当時の財界の一部には
瀬戸内海は大工場群の下水道と考えたらよいではないかという意見があった
(90)。瀬戸内海の漁民は6万人、水揚げは1000億円程度であったため、瀬戸内
海の漁業権を大企業が資金を出し合って買ってしまおうというのである。
恐ろしや。

中国と日本の50-60年代の粗鋼生産量では、中国は「大躍進」の年(59年・60年)に
それこそ急激に伸び、すぐに減産する。一方日本はほぼ右肩上がりで延びていく。
計画経済の国の方が、一見すると無計画に見える。そこが計画経済の本質であった。

【通勤用にGOOD】 2000年
星野 芳郎
日米中三国史―技術と政治経済の55年史