アドルフ・ヒトラー | 中央線で読む新書

アドルフ・ヒトラー

ナチスの台頭は、ヒトラーのパーソナリティによるものでなく、
ミュンヘンの事情によるものであったと論証。
よって書名は的確でない。

ヒトラーのユダヤ人説(ユダヤ人であると知って発狂しサディズムに
走った)や近親相姦の子である説、果てはヒトラーの父親が大酒呑みで
あった説などが戦後登場するが、それらを村瀬は否定していく。

そして以下のように論じる。
ヒトラーの性格や事業を考える時に、その出生とその家庭環境とを
特別に異常なものと想定しなければ説明のつかないようなことは
何もない、と私は考えている」(101)

井上章一の名著「狂気と王権」 で書かれているように、かつての日本では
天皇・皇族へのテロリストを狂人であるとして話を収めようとした。
それと同じようにナチスの凶行は、ヒトラーの出生からくる狂気であったと
話を収めようとしたのであろうか。

また、ナチスはワイマール共和国の産物と言われることが度々だが、
村瀬は当時のミュンヘンの事情に求めている。
ミュンヘン市はすでに第一次世界大戦の最中から国家主義的、
全ドイツ主義運動の中心地となっていた」(172)、その原因は「ベルリンに
対する対抗意識や地方割拠主義だけでなく、第一次世界大戦から戦後に
かけての中産階級に属する市民たちの生活の窮乏」(173)であった。
そのため、ナチス以外の国家主義団体は数多かった。

ナチス運動はいろいろな極右グループや民族主義思想の集大成であって、
『ヒトラー主義』はその一部にすぎない。この運動はヒトラーなしに成立したし、
ヒトラー個人の力などあまり借りずに、(略)ドイツ各地で発展していた」(224)
と結論づける。

【時間つぶしにはGOOD】 1977年

村瀬 興雄
アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景