今まで、間違った場所にいたのかな。そう思うのは、逃げてるのでしょうね。

でも、合う、合わないを決めるのは自分でしょ。
言葉で表せない微妙なフィーリングがある。

大好きな友達のことを、この子のここが好きって言葉で言える所もあるけど、きっと心が感じる居心地の良さが、1番なんだよね。それは、言葉では表せられません。


だから、今わたしが感じてる、悲しさとか、不満とか、悔しさとか…相手に言葉で伝えようとすることは無謀なんだよなぁ。
伝えようとしても、無理だから、本当のことは言わない。
社会人として、不適切な表現だけど、「なんとなぁくイヤ」
そんな気持ち。
理由を言えるほど、わたしはこの事に興味がないの。


だって、アヒルに空を飛べって頼むより、スズメに頼んだ方が適切だし、うどんには、コショウよりとうがらしの方がおいしいし。ラーメンにはコショウだけど…。

似てるようで似てない、まったくの場違い。

だから、わたしはアヒルなのに、空を飛ぼうとしてた、そんなアヒルだと思いたい。

今年の6月に、愛犬のうめが亡くなりました。

自分の気持ちを整理するためにも、うめをかわいがってくれた友達の為にも、きちんとブログやmixiで報告しなければいけないと思いつつも、うめと過ごした12年間を…そしてうめに対する思いを文章にすることは難しいです。

体の一部をもぎ取られたような、そんな気持ち。
自分を支えてる柱が一つなくなってしまった感じ。
でも、家族みんなの心の中にずっとうめは生きてるんだよ、綺麗事みたいだけどほんとなんだよ。

うめが死んじゃうかもしれないってわかったとき、家族みんなでうめから離れなかった。
悲しいけど、家族みんなで元気に振る舞った。
そんな時間が素敵だった。

うめのことを忘れたことは一日たりともないのです。悲しくてクヨクヨしてたら、天国のうめが安心できないって思うから、家族みんなでこれからも元気にがんばるって約束したんです。

ありがとう、ありがとう。
わたしの最愛の相棒。
もしも願いがかなうなら、もう一度だけ、きみのフワフワな体を抱きしめたいな。


高校生の頃のわたしは、夢に希望に満ちあふれていました。

なんだってできる、今頑張れば東京のいい大学にいける。
そんなわたしは、高校一年生の頃、一瞬だけ本気で小学校の先生を志した。
…なんで小学校の先生になりたかったのか…今では恐ろしく謎ですし、ならなくてよった…児童虐待教師が誕生するところでした。

そんなこんなで、高校生のわたしは『大人になること』にひどく憧れてた。

ところがどっこい、大学生になったわたしが学んだことといえば、テニスのルールとお酒のルールだけでした。
こんなんじゃ、高校生の時の自分に笑われちゃう…情けない…。はるばる福島県から出て来て親のスネをかじりまくって自分はなにをやっているのか…自己嫌悪に陥りました。
今だって、社会人になったくせに一人前に仕事もできない。

そんなときわたしは、ピンパの卒業アルバムを見ます。卒業ビデオを見ます。東京で出会った人達、仕事で仲良くなった人達のことを思い出します。
それだけで、東京に出て来たことに満足できます。

年齢も生まれた場所もなにもかも違うけど、大切な出会いをしてきました。
(ご存知のとおりわたしはいつもキテレツな性格、生活をしてるのでみんな心から心配してくれます)

わたしは結局すごい人にはなれなかったけど、たくさんの人に出会って、幸せに生きてるよ、貧乏だけど。っと、高校生の頃の自分に言ってやりたいです。
あの頃夢見た『大人』になってないけど、ひとりで仕事終わりビール買って家の鍵を開けるとき、『あぁ、大人ってやつになったんだなぁ』って思います。
ゴキブリを見ると『あぁ、わたし東京に住んでるんだな』って思います。