ジーコが働いている病院は産科からホスピスまである総合病院です。
毎日生まれてくる赤ちゃんから亡くなる方まで「いのち」のドラマが綴られています。
そこは悲しみと喜び、嘆きや葛藤、弱さ、貧しさ。様々な思いや感情が交錯する場所です。
ジーコの部署は隣がNICU(新生児集中治療室)です。
二日前、扉の向こう側から大きな赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。
「オギャー! オギャー!」
愛らしいその泣きき声はすぐに赤ちゃんのものだと分かります。
その泣き声に誘われて、声のする方に行くとバギーに乗っている赤ちゃんを数名の看護師とご両親が囲んで、赤ちゃんを見つめていました。
ジーコも隙間から覗かせてもらうと、そこには本当に小さな赤ちゃんの姿がありました。
一生懸命泣き、生きようとする命の塊。命そのものが輝いているように感じました。
NICUに入院していた赤ちゃん。
何か大きな疾患や障害を持ってこの世に誕生してきたこの赤ちゃんはNICUを退院して小児病棟への入院になりました。
ご両親としてもホッとした瞬間だったことでしょう。
しかし、今朝(6日)電話が入り、その赤ちゃんの容体が急変し亡くなったということを聞きました……。
突然のことで、誰もが予期しなかったこの出来事にしばらく誰も声を発することができませんでした。「どうして?」という思いを関係者は胸に秘めながら、溢れてくる涙をこらえるばかり。
死は誰にでも訪れるもの。しかし、あまりにも早すぎる死に対してご両親は、どのような思いを持っておられたでしょう。
悲しみが癒えるまで長い時間が必要かもしれません。
我が子を失った痛みは生涯持ち続けることになるでしょう。
時折、ふと寂しさもよぎることでしょう。
人間的な感覚では1歳にも満たずに亡くなった赤ちゃんを、「早すぎる」と感じます。
しかし、この赤ちゃんは今朝、亡くなるその瞬間まで一生懸命与えられた命を生きていました。
それは時間の長短ではなく、いかに生きたかを問うものではないかと思います。
ご両親も、愛情をふんだんに注ぎ、守ろうと、そして一日でも長く一緒に過ごそうとされたことでしょう。
その期間はたとえ短くともこれからの大切な宝となるに違いありません。
今日も与えられている私達の命はどれほど尊いものでしょうか。
何も持たずに、ただひたすらに、一生懸命泣いていた赤ちゃんの姿を思う時、
「今日ジーコに与えられた命を一生懸命生きよう!」
そう思わずにはいられませんでした。
もちろん皆さんもね!
一度きりの命、大切に、そして一生懸命生きましょうね!
読んで頂き有難うございました!