検診でPSA値が高かったといわれたら
一般に泌尿器科を受診することになります。

泌尿器科の前立腺がん診療ガイドラインは
2012年版が最新のもので多くの患者さんは
このガイドラインに則って診療を受けて
おられることと考えられます。その原則は
大まかには非進行期では手術、進行期では
ホルモン治療ということになります。
そしてホルモン治療を行っても再燃してきた
場合には抗がん剤が使用されます。
抗がん剤や強いホルモン治療に耐えられなく
なった場合には緩和ケアとなります。

患者さんの中にはこれらの方針に納得できず
他の治療方法を探しておられる方もおられる
と思います。

当院では8年前からこのような患者さんが何人
も来られ治療を受けています。
そのような方を診ている中で気になったこと
がいくつかありました。

1.	病期診断
がんが前立腺内に留まっているのかリンパ節
や他の臓器に転移しているのかを診断するた
めにガイドラインでは骨シンチグラフィー、
CT、MRIが勧められています。
ほとんどの患者さんでは骨シンチと骨盤内CT
およびMRIのみが実施され病期診断(ステージ
ング)がなされています。
ところがこれらの検査では骨盤外のリンパ節
転移や骨以外の実質臓器転移は十分に診断さ
れるとはいえません。

また骨転移に関しても骨シンチは単に骨代謝
の亢進を見ているため実際に活動性のある
転移病変が存在しているかどうかについては
不明です。
一方でがん転移を検索するために用いられる
FDG-PET-CTは前立腺がんでは取り込みが高く
でないこともあってそれほど有用とは言われ
ていません。
当院ではFDGの代わりにCholineを用いたPET-CT
をお勧めしています。
その結果従来の検査法では見つからなかった
リンパ節転移実質臓器(肝)転移が判明し
た例が何例かあります。
今後は全身MRI DWIBSがCholine PET-CTにとって
代わっていくと考えられています。

2.	前立腺がん局所治療の適応
非進行期の前立腺がんには局所治療として
手術(ダビンチなどの低侵襲手術も含む)、
放射線治療(IMRTなどの外照射や小線源治療)
が適応されます。
1.でも述べたように本来の転移病変が見過さ
れて前立腺のみに対する局所治療が実施され
た場合には早晩再燃してくることになります。

3.	外照射の治療回数
IMRT(強度変調照射)などの外照射は我が国
でも1回毎に治療費が算定されています。
そのため極端に多い治療回数と長い治療期間
(40-50回 8-10週)が選択されています。

しかし周辺正常組織へのダメージが少ないIM-
RTでは放医研の重粒子線治療がそうであるよ
うに少ない治療回数(12-20回)でも局所制御
率及び周辺正常組織障害の軽減は極めて良好
なものとなります。

一方、粒子線治療についてですが、1990年代
から治療が行われています。

かつて重粒子治療を希望された何人もの患者
さんを紹介したことがあります。
これらの患者さんは前立腺がんの制御効果は
絶大なものがありましたが、いずれの方も
数年後に尿道狭窄が発生しました。
当時の技術では前立腺内の尿道への被曝を軽
減する方法がなかったためでした。
これらのことを踏まえ、当院では尿道浸潤の
ない前立腺がんの患者さんには尿道線量を
1割低減した中等度寡分割(20回4週間)IMRT
を実施しています。
治療に先立ち、Choline PET-CTなどによる全身
検索を実施し、有意な転移病変同時に治療
していることはいうまでもありません。

4.	救済放射線治療
3.で述べたように前立腺に限局していなかっ
た場合、手術など局所治療に終始していたの
では早晩再発をしてきます。
そのような場合泌尿器科医はTumor bed(手術
した周辺領域)への救済的放射線治療を依頼
してきます。
以前より私は本当にその領域に再発している
のか疑問をもっていました。
そんな折たまたま知り合いの院長が、前立腺
がん手術後にPSA値が再燃したため大学病院
にて救済放射線治療を実施することとなった
時点で相談を受けました。

早速Choline PET-CTを実施したところ手術

した周辺領域ではなく1個所の骨転移がみつ

かりました。

もし救済放射線治療を実施していたとしても

PSA値は改善せず、照射に伴う腸管障害など

が発生していたところでした。

この方は適正なホルモン治療の継続で PSA

値の増悪を見ずに数年元気で経過しています。

 

5.	ホルモン治療の継続
前立腺がんではホルモン療法も有用な治療で
はありますがそれだけで完治することはあり
ません。
そのうえホルモン療法により不快な副作用が
生じることもありますしホルモン療法を6ヶ
月以上実施された方では心筋梗塞を生じる可
能性が高くなることも知られています。
前立腺がんの進行状況や全身状態や高脂血症
糖尿病などの合併症があるかないかなどを含
めてホルモン療法を行うか行う場合にはどの
程度の期間行うかなどを考えるべきです。

10年くらい前強度変調放射線治療(IMRT)
を行うのに半年間待っていただく施設があっ
たのも事実です。この待機期間中にやむなく
ホルモン療法を行っていた時期もありました。
現在では当院を含めて受診後1ヶ月以内早ければ1週間以内にIMRTの開始が可能な
施設もあります。
前立腺がんと診断されてすぐに放射線治療を
行えばホルモン療法を行う場合でも最低限の
期間ですみます。このような状況であるにも
かかわらずホルモン療法を長期間実施した後
にIMRTを依頼されることが多々あります。
なかには狭心症心筋梗塞がある方に対して
も半年以上のホルモン療法が実施されている
こともあります。

ホルモン療法に関する医学論文から下記の事
実が示されています。
A.	ホルモン療法は虚血性心疾患心筋梗塞お
よび関連死亡を増やす。
B.	両側睾丸除去はこれらを増加させない。
C.	虚血性心疾患が生じても生命予後の短縮は
ない。しかし、虚血性心疾患が生じればQOL
は明らかに低下する。
D.	ホルモン療法の開始後は数ヶ月で肥満高
脂血症糖尿病の悪化などが生じる。
E.	ホルモン療法はカソデックス単独であれば
増量しても虚血性心疾患は増加させない。
しかし、ゾラデックスを併用すると増加する。

今回のまとめとして診療ガイドラインはあく
まで総論としての枠組みを示しているに過ぎ
ず個々の症例に対して患者さんが望めば個別
最適化を考慮した治療を実施することが肝要
であるといえます。

最後に当院開設初期に受診された寡転移進行
期前立腺がん 「ちょいワル」がん 症例の
まとめ(2010年時点)を記載します。
その後も全員生存しており
1例(肝転移)以外では無再発のままです。

 

原発+精嚢および骨転移水色矢)も同時
照射した前立腺がん症例の線量分布です。
尿道線量の軽減オレンジ色矢)も図って
います。