先月、被災地へ災害ボランティアへ行ってきました。
たった少しの期間でしたが、
復興までには果てしない作業、力が必要
でも諦めずにいてほしい、少しずつでも、みんなができることをしないといけない
ということを感じて帰ってきました。
ボランティアで何をしてきたかも少し書きたいと思います。
私が主にやったのは、
ゴミの分別。

こんな事態でも、ゴミは分別しないと処理できないのです。
津波で、家庭内のほとんどの物が海水や泥につかってしまい、そういうものは道の脇などに山盛りにされて置いてあります。
そういうものを、燃える・燃えない・缶ビンなどに分別する必要がありました。
まあほとんどが燃えないになっちゃうんですが、
使いかけのジャムとか、牛乳瓶とか、中身を出さないといけないので結構臭いがきつい。
1番臭かったのは、釣りのエサであろう、コマセ?が入ったタッパー。
開けるのドキドキ。臭いはもう。
これは缶ゴミ。中身も全部プシューっと出しました。
ペンキのラッカーなんかもあって、気をつけないと壁の落書きになっちゃって、そりゃもう大変。

別の日はお寺に行ったのですが、こちらでも私は分別を担当。
彼は、墓地の中の、津波で流されてきたいろいろな物を運び出すという作業をしました。
大きな木だったり、バス停の看板?バス停そのものだったり、どこかのドアだったり、砂、草、、、それらを一輪車に乗せて、墓地の外へ出す、という作業。
重い一輪車やスコップを使うので、男性はこういった仕事をまかされてました。

でも、このすべて倒れてしまっている墓石は、どんな大人が集まろうとピクリともしませんね。
津波の威力は本当にすごいです。

作業中も、自分の家のお墓を心配して見に来られる方も何人かいました。
その人達の為にも、キレイにしておかないと。
数時間で少ししかできませんでしたが、
震災の後から少しずつ、毎日いろんなボランティアがきて、少しずつ作業して、ゴミも泥も、やっと地面が見えるまで減った、とお寺の住職さんは言ってました。
少しずつ。少しずつ。被災地のみなさんにはあきらめないで欲しいと思いました。
そして、被災された方は精神的ショックや、身の回りのこともやらないといけないので、
こういう作業は、被災してない人達がやらないといけない、役割分担だなって思いました。
※ ※ ※
最後に、分別担当の私が見つけたコレ。

電線の中ってこんなになってんだ!
ボランティア活動編おわり。
オンナでした

