まず1つ目。
出身地問題。
これに関しては未だにホント1番の謎。
前提として、父から虐待を受けていたのは私だけで、母と姉はそのことを知りません。
母と父は私が小学校の頃に離婚しています。
私は未だに母や姉とは仲良し。
明らかになっている事実は、
・母は沖縄の血を引いていること
・母方の祖父(祖父初め親戚一同)は沖縄の人であり、祖父は高校時代に島を出たこと
・私は神戸の小学校を出ていること
・大きくなってからは修学旅行以外で沖縄に行ったことは無いこと
で、私の記憶の話をすると
・かつて私は、沖縄に住んでいた(めっちゃ小さい頃)
・ナントカ第2保育園という沖縄の保育園に通っていた
・そこに幼児は数人しかいなかった
・キンギョ組だった
・沖縄の家には庭があった
・小一か小二の頃までいた気がする
なので、私はずっと、
沖縄で生まれる⇒沖縄の保育園に通う⇒小学校に上がる⇒神戸の小学校に転校(小二頃?)
だと思っていたのですが、
母はじめ、親戚連中は
「私は神戸出身であり、祖父が沖縄に居ただけでは母も姉も完全に神戸の人間である」
…という認識です。
話が合わない…。
小三くらいまでの記憶がほとんど無いのですが、
父と母離婚直前に住み慣れたマンションを引っ越しており、それは私が4年生の8月23日でした。
これは確実な記憶です。
そこで。
仮説① 私の勘違い説
要は、沖縄と思っていたのは、神戸の田舎町で、保育園も地元のものであると。
記憶が曖昧だし小さい頃なのでこの説が最有力ですが、
私がはっきり覚えている家の庭について。
神戸に住んでから4年生まで住んでいたのはマンションであり、庭などありません。
園児が数人というのは、通っていた神戸の小学校の規模からしてありえないこともない。
あと5個上の姉、当時酒鬼薔薇聖斗事件の被害者と近所に(マジで隣のマンション)住んでいたこともあり、一緒に遊んでいたと話していました。
事件は1997年で私は4歳。
姉は9歳で辻褄が合う。被害者は当時11歳で、姉はよく養護学級に遊びに行っていたというから多分嘘ではない。
とすると、私は少なくとも、4歳の頃にはもう神戸にいたことになります。
でも、姉にはなくて私にあるものもあって。
それが、「方言」です。
姉は完全な関西訛りで、沖縄も人生で1度、それも昨年行っただけ。
私も親族の言葉を信じるなら、修学旅行で2度行っただけ。
なのに、私はとっさの時や無意識の時に沖縄の訛りが出ます。
本土の人なら絶対わからないような単語も理解出来たりするし。
仮説② 姉や母と私で、本土に出たタイミングが違う説
そうなってくると全部辻褄が合う…けど、それならそう母が言うはずですよね…
「私と姉ちゃんは先に神戸に来たけど、アンタはこういう事情で5年後に合流したんやで」
みたいな。
母はもう当時もいい大人だったんだし。
で、無理やりこじつけた仮説がこれ。
仮説③ 姉、父の連れ子説
母が別の男性と私を産み、沖縄で過ごしていた。
で、父は別の女性との間に姉を作って離婚し、
本土で母と出会って再婚。
それをひた隠しにするために、私が沖縄にいたという事実ごとなかったことにした…とか??
姉が可愛がられて私だけ虐待されてたのは、私が父の実子じゃないから?
…うわぁ、めっちゃドラマチックな理屈(笑)
でも、それくらいじゃないと説明がつかないんですよねぇ。
ほんと、これについては分からなさすぎて気持ち悪い。
自分の断片的な記憶が、全て妄想とは思えないし。
…どうしよう。
今後、沖縄出身と名乗っていいものか…(笑)