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私の履歴書24枚目

時は2000年1月、なみはやドームで旗揚げした大阪プロレスは約8ヶ月ぶりにこの場所に帰って来た!

新年一発目のビックマッチ、メインイベントはスペル・デルフィン対ディック東郷の大阪プロレス旗揚げ初のシングルマッチ!

勝者にはこの日より新設された大阪プロレスシングル王者のベルトが与えられたんや。

プロレスオタクのわしにとって、このお二方のシングルはお宝モンやで~!みちのくプロレス時代のデルフィン対SATOは擦り切れる程ビデオを見たわ。

セミファイナルは星川尚浩対村浜武洋の異種格闘技戦。

わしはこの日、ライバルえべっさんとの初シングルマッチ。この年からこのカードがビックマッチの恒例になるねん。

当時、二人のシングルは普通にポンと組まれる訳ちゃうかった。年末には必ず大喧嘩して壮絶なストーリーの末、いざ決着戦やと…

この喧嘩も毎年恒例ちゅうか行事やね。でもお客さんは喜んでくれたわ。試合よりオモロイかもね(笑)

この日のなみはや大会は関西テレビのTVマッチやって、わしらの試合だけノーカットやったんや。

新年一発目のビックマッチは大成功やったと思う。2000年、好スタートを切った大阪プロレスであった。

当時、社長だったスペル・デルフィンが吉本興業とタレント契約してたから、大阪プロレスと吉本興業は密な関係やったんや。

そんな中、大阪プロレスと吉本興業のコラボ興行がうめだ花月で行われた。

コラボといっても出たのは若手芸人ばかりやったが、たむけんさんやレイザーラモンさんとか今ではえらい出世した人達が出とったな。

リングの上でプロレスラーと芸人さんが新喜劇するような内容やったと思うが お客さんがあんまり入ってなかった事だけははっきり覚えてるわ(笑)

自分で言うのもなんやが、今でもライバルである菊タローこと初代えべっさんとのくいえべ対決は、わりとすんなり大阪のお客さんに受け入れられたんや。

登場してからすぐに大阪プロレスのヒット商品になった。

お互い素顔で活動してた時期は泣かず飛ばずやったんやけど、ホンマこれがターニングポイントやと思うわ。

同時期に大阪プロレスに入ってキャラチェンジしたレスラーも同様、みんな生まれ変わったわ。

そんな大阪プロレスは一時期、マスコミからレスラー再生工場と言われた。わしはホンマに大阪プロレスやデルフィンさんには感謝しとるで。

つづく…!!