
梅しば愛のシンフォニー
蝉の声が聞こえる季節になってきました。外まわりの多いお父さん、今日も汗だくです。
きょうは早めに仕事を終えたお父さん、コンビニの前で立ち止まっています。お財布の中をよく確かめると思い切ったようにお店の中に入って行きました。
そして、カウンターの前に立つと、
「あのー、梅しばひとつください。」
と一言。
「ああ、いらっしゃい!! 今年も来ていただいたんですね。」
店員さんもよく覚えています。なにしろ ”梅しば一個” だけを買ってゆくお客様、他にいません。お父さん、年に一度のこの日のために少しずつ少しずつお金を蓄えてきたのです。
それはお父さんがまだ若く、初々しかった頃のことです。
やはり暑い夏の日のことでした。公園の木陰のペンチでひとり、いつものお昼ごはんを食べていました。お昼ご飯のメニューはいつも決まっていました。そうです、梅しばひとつ。それと紙コップに公園の水飲み場で汲んだ水。その他にはなにもありません。
「いただきます」と手を合わせると静かに梅しばの袋を開けるのでした。
心地よい梅のかおりが食欲をそそります。夢見心地で目を細めていると、そよぐ木々の間をゆっくりと通り抜けた風が、汗ばんだ首筋をそっとなでて行くのでした。
手にした梅しばの袋の下に少しだけ力を入れて、せり上がった梅しばに、口を尖らせて吸い付こうとしたその時です。どうしたはずみか、たったひとつのその梅しばが袋から飛び出て足下に転がり落ちてしまったのです。あわてて動かした足に蹴られて梅しばは転がって行きました。
そこに通りかかった女性がいました。そして、その梅しばは彼女の靴に当たって止まったのでした。
おもむろに梅しばを拾い上げた彼女は、ベンチからあわてて立ち上がろうとする男性と紙コップを目にすると、全てを理解しました。そして、近くの水飲み場に行くと、梅しばをさっと洗ってベンチの男性に差し出したのでした。
言うまでもありません。この女性がお母さんです。この日が二人の出会いの記念日となったのです。
お父さんは毎年、「どんなことがあってもこの記念日をお祝いしようね。」ってお母さんに誓ったのでした。
そして、今日がその記念日です。いつものように家族でお祝いします。家族も四人になりましたが、梅しばはひとつしか買えません。でもいいんです。それでもいつもの食事に比べればご馳走なんですから。
こうして愛を確かめ合うお父さんとお母さんを見ている子供たち。やはり深い愛に包まれていることを感じ取るのでしょう、目には熱い涙が光っていました。
