チョコマカオのブログ-海岸1


私の生家は海辺のすぐそばにあった。砂浜は白く、海の水はとても透明に澄んでいた。
夏になると、すぐ近所の幼稚園の井戸には大好物の西瓜が丸ごと放り込まれていた。さほど深くない井戸だったが水は冷たかった。いい思い出だ。

夏の暑い日だった。私にとって裏庭のようなその海岸で、皆で海水浴をしていた。もちろん私は海にはなじみが深く、父に教えられていたせいもあって泳ぎは得意、のはずだった。

当時、波止(はと)と呼んでいたように思うが、四角い石を積み上げた突堤が砂浜から海に突き出ており、それが砂浜の左にひとつ、右にひとつあって、その間が私たちの海水浴の場所だった。

皆、はしゃいでいた。もちろん私も海水浴は大好きで大いにはしゃいでいた。太陽も心地よく、といっても太陽の事は覚えていないのだが、とにかく絶好の海水浴日和だったように思う。波もおだやかだった。
砂浜はなだらかに傾斜し、波打ち際から沖にゆくにしたがい少しずつ深くなっていた。

波止に立つと水底の砂が手に取るように見えていた。私は足の届かないことなど疑いもせず目の前の水面に飛び込んだのだった。
ところが、じきに水底の砂に届くはずの私の足は身体全体が水中に沈んだ後やっとその感触を得たのだった。水面は私の頭上にあった。きらきらと輝いていた。もちろん手をばじゃばじゃと焦る気持ちもあったのだろうが、きらきら光る水面と、白い泡が私の記憶のほとんどを占めている。私は溺れていたのだった。私は泳げるはずだった。しかし、それは少しだけ沖合に立つ父の手から静かに離された後、どうにか岸の砂浜まで泳ぎつくという程度のもので、まして潜るなどという経験はまったくなかった。

私は溺れ、水面と泡を見た。その後の事はよく覚えていない。いきなり水の上に持ち上げられたような感覚はかすかに残っている。いつの間にか私は砂浜に座っていた。今にして思えば園長先生がすくい上げてくれたのだろうと思う。溺れている私に気づき、波打ち際から急いでやってきて拾い上げ、そしてそのまま砂浜に降ろしたのだろう。当時、私は3つか4つの幼稚園児だった。

ただ、はっきりと記憶にある思い出はきらきらと光り輝く水面がゆらゆらとても美しく、自身の手で撹拌したのであろう白い泡がとても美しかったということだ。初めて目にする美しい光景だった。今でも鮮明に思い出す。そして幸福感に包まれるのだ。今も自身の死がそこにあったかもしれないあの光景を思い出し、そこに幸福感を見出してしまう。





(エピローグ)

確かに当時、私は世間のことなどなんにもわかっていなかった。世間知らずなんてものではないことは疑う余地もない。死の想像さえもしなかったのだろうと思う。脳内物質がどうのこうのと考えた事も無い。ただひとつ、はっきりしていることがある。私は愛されていた。間違いなく愛されていたのだ。