正月映画に『男はつらいよ』が無くなってから、13年の月日が経ちます。


自分は昔、『男はつらいよ』の撮影を京成柴又駅で見学したことがあります。


『男はつらいよ』と言えば寅さん役は渥美清さんですが、渥美さんは日本の映画俳優の中でもスター中のスター、大スターです。


その渥美さんを初めて目にした時の自分の印象は、もの静かなな紳士でした。


寅さんのイメージから自分は、渥美さんに対して気難しい棟梁(江戸っ子)のようなイメージでいたのです。


でも、出番を待つ現実の渥美さんはビシッとした衣装に高そうな雪駄、立派な革の鞄とピカピカに輝いていて出番を静かに待っていました。


映画の中の時代遅れに見える格好も、映画を古めかしく撮す技術に自分が騙されていたわけです。


現実の映画スターと自分のイメージの差に驚いたことを今でも忘れません。


あるTV番組で渥美さん本人がインタビューでも答えていましたが、晩年の渥美さんは寅さんのイメージが何処に行っても付きまとうことに苦悩していたらしいです。


「役者が、演じた役の名前で呼ばれることは役者冥利に尽きる名誉なこと。」と渥美さんは言われていました。


しかしそれが48作にもなると、残りの人生すべてを寅さんだけを演じて来た渥美さんにとって、常に世間から寅さんとしてしか見られなくなった俳優としての葛藤があったらしいのです。


それは渥美さんの、次の言葉でも分かります。


「子供たちが、スーパーマン役の役者に言うんだって、早く飛べ!早く飛べ!って。でも、飛べないよね、実際は。吊ってるんだもんね。ご苦労なこったねぇ。」



いつもスーパーマン(寅さん)でいなければいけないとするファンに対して、役者の苦悩を渥美さんなりに皮肉った言葉です。


渥美さんには、我々には到底分からない、役者としての苦しみがあったのかもしれません。