大松山城への道のり! | くぅねる オフィシャルブログ 炎庵

大松山城への道のり!




➡備中松山城から続き。

2014年9月2日(火)何時くらいだろ?結構、人も増えてきて、11時くらいにはなってたのかな?
天守とかの有る小松山城から大松山城の方へ向かう。
後郭の横から降りて行くと、目的の土橋は直ぐ在った。
土橋を渡った番所跡。
番所跡から小松山城の方へ。
土台の石垣もいい。
下に降りて見てみる。
付き添いの人が居れば、橋の上に居るところ撮ってもらえたのになぁ。
番所跡の郭の石垣。

土橋だけでも見ておこうと思ってたら直ぐに在ったので、もう少し進んでみる事にした。
この時は、大松山城跡迄行くつもりは、そんなに無かった。
道の脇に石垣在る。
相畑城戸跡に来た。
隅々迄見ずに、軽く通り過ぎた。
もう、引き返すとか、頭から消えてた。
そして、天神の丸跡の堀切に来た。
出丸の方に登り、夢中で見回してた。
もう、隅々迄見るスイッチ入っちゃったか。
そして、本丸の天神社跡へ。
やはり、山の中に在る過去の人工物は凄いな。
本丸の郭も軽く見た。
そして、天神の丸の堀切を抜けて、大松山城跡へと進む。

大松山城跡へ着いた。
解説板と石碑が迎える。

まず手前に井戸が在る。
井戸から本丸へ向かう。
大松山城本丸跡。
小松山城より古い時代の城跡だから、どんな感じやったんやろな。
これは、どの辺かな?
何となく解るけど…。
これは、二ノ丸から三ノ丸の間かな。
広い範囲見て回ってるから、そんなに隅々迄見てないかも。

そして、また道を戻って、大池の方へ。
小松山城から大松山城迄は、鞴峠の駐車場から小松山城迄の距離や時間と大体一緒みたい。

大池、思ってたのと違った。
水溜まりみたいな池だと思ってたけど、石垣で囲んだ人工的な池だったんやな。
興奮して暫く居たわ。
色々想像してた。
大池辺りに、今更ながら備中松山城の解説板。

そして、更に進んで吊り橋に来た。
吊り橋から下の眺め。
この先に、切通及び番所跡が在ったのに、知らずに吊り橋を引き返して帰ったんだよ。
吊り橋の手前に、切通及び番所跡への道標が在る先が、草木で覆われて通れなかったけら、吊り橋の方に来ただけで、吊り橋から行けるとは思って無かった。
もし、また宿命が呼ぶなら、吊り橋の先にも行きたい。


てゆうか、大松山城の方をサンダルで歩いてたので、サンダル用の靴下はボロボロになってた。
郭の斜面とか登り降りしてたら、踏ん張るので、サンダルとの摩擦でボロボロになったのかな。
ちなみに、普通に靴での靴下の時より、凄く臭かった。


正直、凄い疲れた。
小松山城から駐車場迄帰るのが長く感じた。
飲み物持って無かったしな。




駐車場に戻って来たら、車のワイパーに腕木門の所で会ったオッチャンが、室津散策イベントの紙挟んでくれてた。
けど、受付期間終わってる…。





そして下山して、高梁市中原町1084-1「Polka天満屋ハピータウン高梁店」に来たのが14時30分くらいやったんかなぁ?
Polkaから臥牛山を見てみる。
松山城は、この山でええんかな?
このPolkaって、「県庁の星」のロケ地やったんやて。
観て無いから、どんなシーンとか解らへんけど。
高梁市街には、他にも映画のロケ地が在るみたい。
「男はつらいよ」とか。

まだ14時台だし、高梁市街散策しようかなぁって悩んだけど、大して寝て無いから帰る方向で高梁市を後にする事にする。

本当に散策したかったんやけど、「そんなこと言ったってね、こっちは寝て無いんだから!」って雪印の社長みたいな事言ってしまう。

高梁市街は、回る範囲が広くて多いから、普通に寝てたら、18時とか暗くなるギリギリ迄 散策したやろなぁ。
それでも隅々迄回れなかったと思う。
ええ街やで高梁。








真っ直ぐ帰って無いので、備中の旅は、まだ続くといえば続くんだよね➡