宇喜多ボンバ家!

2013'11月18日(月)16時06分、岡山市東区乙子「乙子城跡」。
乙子山の東側登山口。ミラー越しだから左右逆。
乙子城の解説板。5月17日(金)に来た時は、石碑に毛虫が沢山張り付いてて、足元見て見たら、地面にも沢山!
山の北側の道も最悪やった。
今回は居なくても躊躇する。
乙子大明神横の墓地抜けて進む。
乙子山山頂、乙子城本丸。
解説板。
木に囲まれてて、北の西大寺が見えるくらい。
西側の大国神社から降りる。小さい小山。
北側に「宇喜多直家 国とりはじまりの地」の石碑が在る。この城から勢力拡大してったんかな。
宇喜多っ、ボンバ家っ!宇喜多っ、ボンバ家っ!♪パァ~~パァパァ~ン、パァパァ~~パァパァ~ン♪
攻め込む前に負ける事考える馬鹿が居るかよ!?
当時と比べて、児島湾は結構埋め立てられてるなぁ。この図見ると、やっぱり龍ノ口は城跡やったんやな。
城跡に興味薄かった数年前から、城跡なんじゃないかなぁなんて思ってたけど。
それか、昔からの大きな神社とか。
名前の感じからと、山の形的に。
今年2月4日(月)に此処来るつもりだったけど、赤磐市の周匝茶臼山城を発見したので、そちらに行く事になった。
本当は月曜日休みみたいなんだけど開いてて、話聞くと、宇喜多直家が下剋上したとか、行く予定だった乙子城は宇喜多直家の城だとか、乙子城って、思ってたより意味の有る城だったんやと認識。
この頃は、片上鉄道や廃線跡関係が優先だったかな。
〆