いつからか、
息子は日記をつけていた。
中身は見たことがない。
絶対に見てほしくないから、という。
英語日記であった。
英語で、毎日ノート1ページの自主学習に取り組む課題が出ているとのこと。
英語の勉強になれば何をやってもよいらしい。
学校の先生が、添削してくださる。
そこで、日記を書くことを思いついたという。
そして、ここに彼の工夫がもう一つあった。
”日記の中で、その日の朝に聴講した基礎英語の「キーセンテンス」を使ってみること”
その方法を聞いた私はついつい「それ、すごくいいね!」と。
基礎英語は毎日1フレーズずつ、キーセンテンスがある。
文法の核となるフレーズだ。
その自主学習の方法を聞いて、
自分なりに工夫し始めたのだな、と気づいた。
中学に入学して、色々な方法を試してきた。
というか、私も提案してきた。
覚えるべきものを小さなノートに書き出してみる、
とか、
カードにしてみる、とか。
表を作ってみる、とか。
色々やってみたけど、何か違う。
・・・・ということだったのだろうと思う。
せっかく私が提案した方法も、そのうちやらなくなってしまっていた。
そんな中、学校の課題と基礎英語の復習を合体させることを思いついたようだった。
特に日記は、自分事であるから、英語を体感をもって学ぶことができる。
どんぐり倶楽部で育った子は、
・表面的な理解では進まない(教わったことで「理解した」、とはならないという意味)
・でも、腑に落ちた(自分のものとした)瞬間に加速する。
皆そうだと思うのだけれど、
人から指示されたことを行うのは苦痛だし、続けるのは更に苦痛が伴う。
でも、自分が見つけたやり方や、体得したものは続けられる。
なぜなら、それが自分にとって一番の「おたから法」だと気付いたから!
---------------------
どんぐり倶楽部の「絵で解く算数」を6年間ずっと続けてきた。
一週間に2問、
長期休みのときは「おたから問題」。
その6年の間に、誰から教わるでもなく、指示されるでもなく
様々な自分なりの工夫をクロッキー帳に繰り広げてきたのだ。
そして「腑に落ちる」という瞬間をいくつも体得してきたのだと思う。
その心地良さと一体感。
それ以上の「おたから」があるだろうか。