<大逃亡:最終>
「交趾」へと逃亡した劉備軍。兵力は5万+α。金(3000程度)・兵糧(5万程度)ともに少なく・・・。
軍師は関羽から超雲へと変更済みだが・・・。ただし、武将数は抜擢武将も含めて20人程度とそれなり。
ひたすら徴兵・訓練・探索(金探しと投資狙い)。メインは探索という。。
しかし敵は待ってはくれなかった。
孫策軍襲来。零陵にどんどん兵を輸送していたから覚悟はしていたけど・・・。
既に南方4郡は全て落ちていて、領土は「交趾」のみ。まさに背水の陣。><
敵は「零陵」から進行中。
兵力は6万。井欄2万x2・歩兵1万x2。
取り付かれれば内政値はめちゃくちゃになり、復興も難しい。なんとしても野戦で決着をつけなければ未来はなく。
関羽・張飛・超雲・劉備・孫乾の5人編成で3万。
奮迅x3・謀略の組み合わせに全てをかける。
「零陵」から「交趾」までの道のりは意外に遠く、その間に偽報・撹乱を使用し、各個撃破を図る作戦だ。
敵の武将をチェックしたが、大物は呂蒙程度。あとは韓当etc。
結果、各個撃破の作戦は成る。
偽報により縦長になった部隊。先頭を撹乱で陣形を崩し、奮迅で圧倒。このパターンにより、第1次~第5次の侵攻を撃退。
そしてその都度、呂蒙・カイ良・陸遜・韓当らを捕縛。兵士も毎回+5千~1万程度(負傷兵)をGET。
さすがに呂蒙・陸遜らの呉の重臣は登用できずに毎回、金と交換したが、カイ良らは登用に成功。
そして、彼を軍師に任命したことで、戦略の幅が広がることになった。
そして、幾度かの戦闘後に、「武陵」に荀彧(忠誠75)がいるのを発見!!
祈りながら登用を開始。そして・・・カイ良が登用に成功!!!(ありがとうカイ良!)
すぐさま荀彧を軍師に任命。しかし忠誠がなかなかMAXにならない・・・ヤバイ・・・。
と思っていると、またしても孫策軍襲来。(しつこい・・)
忠誠がMAXで無い事を忘れて、荀彧も単独で出陣(方円で謀略)・・・。
そして・・・
戦場で曹操に寝返る荀彧・・・。まさかの埋伏の毒?(w
孫策軍を押し返したあとでの寝返りだったので、関羽隊に攻撃を命令。殲滅するも捕縛出来ず。
再びカイ良を軍師に任命。痛い裏切りだった・・。
以降、孫策軍は執拗に攻撃を繰り返してきたが、10回超に及ぶ侵攻を全て凌ぎきり、兵数も10万強に。
金・兵糧も取引やら投資やら探索やらで、それぞれ1万・10万を超える量に。
またこの間に徐庶の登用に成功。戦闘・内政ともに楽な展開へ。
さらに、孫権軍が「合甫」に土塁を作り、「交趾」への侵攻ルートを自ら減らしてくれたおかげで防衛も楽に。
*この頃、孫策が討ち死にし勢いに陰りが。それでも「零陵」には12万の兵が駐屯。呂蒙・陸遜・魯粛・韓当らが隙を窺う。
孫策が死亡したところで、反孫権連合の話が持ち上がる。しかしこれには参加せず。むしろ孫権に友好の使を送り様子を見る。(徐庶のおかげで楽な外交に)
*孫権への攻撃ではなく、劉ショウ領土への侵攻を考えていた為。
「零陵・武陵」には総勢17万の兵がいたので、これに当たるよりは、「建寧(4万)・雲南(4千)・江州(1万)・成都(2万)」のほうが楽だし、史実っぽくなるので楽しいと考えた。
西方への機をうかがっていると、なんと「諸葛孔明(忠誠70)」が孫権軍にいるのを発見。^^
徐庶の進言を利用して登用に成功。(さすがの劉備成功^^)
更に更に。なんとホウ統までも登用に成功。^^/
「伏竜鳳雛」を得れば・・・
ついにかねてよりの計画(入蜀)を実行に移すとき。
まず、少ない金(1000)で南蛮軍に贈呈(進言成功率100%の孔明を待っていた^^)。
そして南蛮軍に攻撃要請。
指定は、もちろん「建寧」。
自軍は関羽以下数名を井欄にて進軍。ただし建寧への攻撃ではなく、曹操への攻撃指定で。
劉ショウ領土を経由する。
史実で、劉備軍が張魯・曹操への備えとして入蜀したのと同じ気持ちで行軍^^
もちろん狙いは「建寧・雲南・江州・成都」^^;
3ヶ月程度の短期間で奪取を目論む。陽平関に駐留している16万強の兵が来る前に・・・。
南蛮軍は要請に応じて出兵。
劉備軍が「建寧」に到着する寸前に、南蛮軍が「建寧」を陥落。自軍は攻撃目標を変更し、空白地となった「建寧」を占領。(1ヶ月)
再び南蛮軍へ要請。次は「雲南」。
その間、「江州・成都」への攻略の足がかりとして、「江州」南の橋あたりに砦を築こうとしたところ、劉ショウ軍が「江州」より出兵。
さすがに自領土への砦を築かれるのはまずいと思ったのか・・・。(好意だったんだけどね)
仕方が無いので、護軍として一緒に付いていかせていた関羽・超雲軍で、劉ショウ隊1万を撃破。
そのままほぼ無人の「江州」を攻略。
捕縛した劉ショウは解放した。
この時点でようやく南蛮兵が「雲南」へ出兵。次のターンから攻撃できそうな位置まで進軍。
しかし、劉ショウ軍の援軍3万強が「梓潼」より進軍中。
それら援軍を迎え撃つため、劉備が同じく3万程度を出兵させる。
が、これが大失敗。(劉備・ホウ統ら文官系・謀略で出陣)
進軍の邪魔をするだけで南蛮軍が「雲南」を落とすのを待てばいいと安易な気持ちで出兵させたのが裏目に出た・・・。><
相手の大将は張任。
これが史実通り、異常な活躍。こちらの兵法が発動する前に、3度もの奮迅を繰り出し、劉備隊はあっさり殲滅・・・。
武将は誰も捕縛はされなかったものの、貴重な3万もの兵をまるっと失う。orz
南蛮軍も偽報を食らってあっさり撤退。3ヶ月での奪取計画を打ち砕く張任の活躍だった。
*入蜀した劉備軍は5万強。参謀にホウ統。残りの5万強を「交趾」に残し、孔明も留守番。
占領した「江州」に2万強の兵と関羽・超雲ら。「建寧」に残っていた3万強をほぼ全て失った計算。
もしこれでホウ統が戦死でもしてたら、これなんて史実?って感じでしたが・・。
兵役人口のほぼ無い状態で、兵を増やすのは難しい。そこで、「交趾」の孔明+2万の兵を参戦させる。
到着次第、再度、南蛮軍に協力要請。今度は張飛・超雲ら武官を騎兵・弓騎兵系にして出陣。孔明・ホウ統は謀略兵兵法でサポート。(関羽は江州)
城より出てきた張任隊2万を南蛮兵・劉備軍にて殲滅。城の1万5千も南蛮兵とともに殲滅し占領。
内政等は放置して、「江州・江州左下に作った砦」に兵を集める。と同時に、孫権に協力を要請。
(「梓潼」への攻撃要請)。
しかし結局、孫権は出兵せず。単独で「ふすい関?」と「成都」を同時攻撃。「ふすい関」には関羽・張飛・ホウ統ら井欄2万。
「成都」には孔明らの謀略系部隊1万・劉備ら武官系部隊の井欄2万・抜擢隊1万。
「成都」高ハイは、3万の内、1万5千を出陣。行軍スピードの違いで、抜擢隊と交戦。
武将不在の「ふすい関」1万を速攻落とした関羽らが井欄により成都へ攻撃。
高ハイが出陣し、武将不在の「成都」も簡単に落城。
孤立した高ハイ隊も抜擢隊・劉備隊・孔明隊・城からの攻撃により殲滅。
予定を大きく超えてしまったが、およそ5ヶ月で「建寧・雲南・江州・成都」を占領。
これにより、「小ハイ・カヒ」からの大逃亡にようやく終止符を打つ事ができた。
もう少し続く
「交趾」へと逃亡した劉備軍。兵力は5万+α。金(3000程度)・兵糧(5万程度)ともに少なく・・・。
軍師は関羽から超雲へと変更済みだが・・・。ただし、武将数は抜擢武将も含めて20人程度とそれなり。
ひたすら徴兵・訓練・探索(金探しと投資狙い)。メインは探索という。。
しかし敵は待ってはくれなかった。
孫策軍襲来。零陵にどんどん兵を輸送していたから覚悟はしていたけど・・・。
既に南方4郡は全て落ちていて、領土は「交趾」のみ。まさに背水の陣。><
敵は「零陵」から進行中。
兵力は6万。井欄2万x2・歩兵1万x2。
取り付かれれば内政値はめちゃくちゃになり、復興も難しい。なんとしても野戦で決着をつけなければ未来はなく。
関羽・張飛・超雲・劉備・孫乾の5人編成で3万。
奮迅x3・謀略の組み合わせに全てをかける。
「零陵」から「交趾」までの道のりは意外に遠く、その間に偽報・撹乱を使用し、各個撃破を図る作戦だ。
敵の武将をチェックしたが、大物は呂蒙程度。あとは韓当etc。
結果、各個撃破の作戦は成る。
偽報により縦長になった部隊。先頭を撹乱で陣形を崩し、奮迅で圧倒。このパターンにより、第1次~第5次の侵攻を撃退。
そしてその都度、呂蒙・カイ良・陸遜・韓当らを捕縛。兵士も毎回+5千~1万程度(負傷兵)をGET。
さすがに呂蒙・陸遜らの呉の重臣は登用できずに毎回、金と交換したが、カイ良らは登用に成功。
そして、彼を軍師に任命したことで、戦略の幅が広がることになった。
そして、幾度かの戦闘後に、「武陵」に荀彧(忠誠75)がいるのを発見!!
祈りながら登用を開始。そして・・・カイ良が登用に成功!!!(ありがとうカイ良!)
すぐさま荀彧を軍師に任命。しかし忠誠がなかなかMAXにならない・・・ヤバイ・・・。
と思っていると、またしても孫策軍襲来。(しつこい・・)
忠誠がMAXで無い事を忘れて、荀彧も単独で出陣(方円で謀略)・・・。
そして・・・
戦場で曹操に寝返る荀彧・・・。まさかの埋伏の毒?(w
孫策軍を押し返したあとでの寝返りだったので、関羽隊に攻撃を命令。殲滅するも捕縛出来ず。
再びカイ良を軍師に任命。痛い裏切りだった・・。
以降、孫策軍は執拗に攻撃を繰り返してきたが、10回超に及ぶ侵攻を全て凌ぎきり、兵数も10万強に。
金・兵糧も取引やら投資やら探索やらで、それぞれ1万・10万を超える量に。
またこの間に徐庶の登用に成功。戦闘・内政ともに楽な展開へ。
さらに、孫権軍が「合甫」に土塁を作り、「交趾」への侵攻ルートを自ら減らしてくれたおかげで防衛も楽に。
*この頃、孫策が討ち死にし勢いに陰りが。それでも「零陵」には12万の兵が駐屯。呂蒙・陸遜・魯粛・韓当らが隙を窺う。
孫策が死亡したところで、反孫権連合の話が持ち上がる。しかしこれには参加せず。むしろ孫権に友好の使を送り様子を見る。(徐庶のおかげで楽な外交に)
*孫権への攻撃ではなく、劉ショウ領土への侵攻を考えていた為。
「零陵・武陵」には総勢17万の兵がいたので、これに当たるよりは、「建寧(4万)・雲南(4千)・江州(1万)・成都(2万)」のほうが楽だし、史実っぽくなるので楽しいと考えた。
西方への機をうかがっていると、なんと「諸葛孔明(忠誠70)」が孫権軍にいるのを発見。^^
徐庶の進言を利用して登用に成功。(さすがの劉備成功^^)
更に更に。なんとホウ統までも登用に成功。^^/
「伏竜鳳雛」を得れば・・・
ついにかねてよりの計画(入蜀)を実行に移すとき。
まず、少ない金(1000)で南蛮軍に贈呈(進言成功率100%の孔明を待っていた^^)。
そして南蛮軍に攻撃要請。
指定は、もちろん「建寧」。
自軍は関羽以下数名を井欄にて進軍。ただし建寧への攻撃ではなく、曹操への攻撃指定で。
劉ショウ領土を経由する。
史実で、劉備軍が張魯・曹操への備えとして入蜀したのと同じ気持ちで行軍^^
もちろん狙いは「建寧・雲南・江州・成都」^^;
3ヶ月程度の短期間で奪取を目論む。陽平関に駐留している16万強の兵が来る前に・・・。
南蛮軍は要請に応じて出兵。
劉備軍が「建寧」に到着する寸前に、南蛮軍が「建寧」を陥落。自軍は攻撃目標を変更し、空白地となった「建寧」を占領。(1ヶ月)
再び南蛮軍へ要請。次は「雲南」。
その間、「江州・成都」への攻略の足がかりとして、「江州」南の橋あたりに砦を築こうとしたところ、劉ショウ軍が「江州」より出兵。
さすがに自領土への砦を築かれるのはまずいと思ったのか・・・。(好意だったんだけどね)
仕方が無いので、護軍として一緒に付いていかせていた関羽・超雲軍で、劉ショウ隊1万を撃破。
そのままほぼ無人の「江州」を攻略。
捕縛した劉ショウは解放した。
この時点でようやく南蛮兵が「雲南」へ出兵。次のターンから攻撃できそうな位置まで進軍。
しかし、劉ショウ軍の援軍3万強が「梓潼」より進軍中。
それら援軍を迎え撃つため、劉備が同じく3万程度を出兵させる。
が、これが大失敗。(劉備・ホウ統ら文官系・謀略で出陣)
進軍の邪魔をするだけで南蛮軍が「雲南」を落とすのを待てばいいと安易な気持ちで出兵させたのが裏目に出た・・・。><
相手の大将は張任。
これが史実通り、異常な活躍。こちらの兵法が発動する前に、3度もの奮迅を繰り出し、劉備隊はあっさり殲滅・・・。
武将は誰も捕縛はされなかったものの、貴重な3万もの兵をまるっと失う。orz
南蛮軍も偽報を食らってあっさり撤退。3ヶ月での奪取計画を打ち砕く張任の活躍だった。
*入蜀した劉備軍は5万強。参謀にホウ統。残りの5万強を「交趾」に残し、孔明も留守番。
占領した「江州」に2万強の兵と関羽・超雲ら。「建寧」に残っていた3万強をほぼ全て失った計算。
もしこれでホウ統が戦死でもしてたら、これなんて史実?って感じでしたが・・。
兵役人口のほぼ無い状態で、兵を増やすのは難しい。そこで、「交趾」の孔明+2万の兵を参戦させる。
到着次第、再度、南蛮軍に協力要請。今度は張飛・超雲ら武官を騎兵・弓騎兵系にして出陣。孔明・ホウ統は謀略兵兵法でサポート。(関羽は江州)
城より出てきた張任隊2万を南蛮兵・劉備軍にて殲滅。城の1万5千も南蛮兵とともに殲滅し占領。
内政等は放置して、「江州・江州左下に作った砦」に兵を集める。と同時に、孫権に協力を要請。
(「梓潼」への攻撃要請)。
しかし結局、孫権は出兵せず。単独で「ふすい関?」と「成都」を同時攻撃。「ふすい関」には関羽・張飛・ホウ統ら井欄2万。
「成都」には孔明らの謀略系部隊1万・劉備ら武官系部隊の井欄2万・抜擢隊1万。
「成都」高ハイは、3万の内、1万5千を出陣。行軍スピードの違いで、抜擢隊と交戦。
武将不在の「ふすい関」1万を速攻落とした関羽らが井欄により成都へ攻撃。
高ハイが出陣し、武将不在の「成都」も簡単に落城。
孤立した高ハイ隊も抜擢隊・劉備隊・孔明隊・城からの攻撃により殲滅。
予定を大きく超えてしまったが、およそ5ヶ月で「建寧・雲南・江州・成都」を占領。
これにより、「小ハイ・カヒ」からの大逃亡にようやく終止符を打つ事ができた。
もう少し続く