新生日本で地域の活力を


親方日の丸方式の中央集権体制では、もはや通じない時代に入ってきました。


地域が活力を無くし、大都会中心の日本の現状は、地方をさらに疲弊し続けることになるのです。


しかし、地方にはまだ眠っている地産地消が生まれる良い産業が埋もれているはずです。


地方の特色を生かした産業を見い出し、地方独自の行政で活力を与えるには道州制を導入するのが良いと思います。


中央集権で、官僚の思うままに操られた政治家に期待はできず、新たに地方が主権を握る体制へ変革しなければならない時代に来ているのです。


現在の状況は、東京中心、大都会中心で社会が成り立っており、地方から大都会へと人口流失が止まりません。


全てが国からの指図で物事が動き、地方はそれに従うばかりで、地方の自立は微々たるものです。


地方行政も楽な方へ頼って、国におんぶにだっこして貰い、改革意欲も示さず全て先送り状態で責任を持たず、何も決定出来ていません。


大統領制でもある地方行政で、信頼できるトップリーダーが責任を持って改革を進めれば、市民は自ずと支持してくるのです。


責任の取れない、改革心の無い市長や知事は選挙で直接落とすことが出来るので、市民自体の責任も重大で、市民の自立も促します。


市民も無責任な状態で投票すれば、トップリーダーも無責任な人物が当選してしまうでしょう。


だけど、市民が自覚を持って投票行動をすれば、資質のある志の高い人物が現れてくるのです。


その人物を後押しするのは、市民・国民の役割であり、反面教師の意味もあるのです。


市民のやる気で物事は変わり、時代も大きく変わるはずです。


市民が投げやりで、消極的な態度を見せれば、世の中も良い方向へ変化せず、また改革に反対する勢力が増えれば、ますます疲弊し切った日本へと陥ってしまいます。


視野の狭い観点で改革に反対していては何事も前に進まず、泥沼状態で日々が過ぎ去ってしまい、人々の心も荒んだまま他人任せの社会になってしまいます。


国も地方もリーダーの資質が大切で、国民や市民が自覚を持って政治改革ができる人物を見分けなければならず、自分自身の意思で直接選挙で選ぶことです。


それには、大統領制が国政選挙にも必要不可欠なのです。


国のリーダーを直接選ぶことで、国民自体の責任も問われるべきで、国民の意思=国のリーダーの資質になるので、国民がしっかりしなければ日本の行く末は良くなりません。


したがって、道州制と大統領制は国民の自覚と意思が必要で、それを怠れば地方の活性化やリーダーの善し悪しが決まり、その道標を決める手立てとして活用することが重要なのです。


現在の中央集権では、政治家も国民も責任をとらず、他人任せの責任のなすり合いで自分自身が行動せず、先送りばかりしている状態です。


現状維持では何も変わらず、ただ沈没するのを口をあけて見ているいるばかりで、改革する気がない人達で蔓延している状況であります。


小さな一歩でも前に進まなければ何事も起こらず、臆病で入れば進歩もなく失敗を恐るあまりに何もしないとは、余りにも無責任な精神で事が運び、日本人が堕落してしまい兼ねません。


道州制も大統領制も未経験なのに、やる前に勝手な判断で悪い制度だと決めつけるのはおかしなことで、導入してからの判断で評価や修正すればいいのです。


最初の一歩も踏み出しもせず、空想の決め付けで判断など出来る訳が無く、失敗も成功も分からないうちに評価するべきではないでしょう。


リスクを冒さなければ今以上に状況が悪くなる可能性があり、躊躇している現状ではないので、特に地方の経済や生活は疲弊しているのです。


最大の目的は、道州制で地方の活性化をして産業経済を蘇らせることと、国や地方のリーダーが直接国民や市民が選べる大統領制で、国民や市民が責任や自覚を持って選ぶことしかありません。


そのために、道州制と大統領制は未来の日本にとって役に立つ体制だと思うのです。