本日、辞令を受けてきました

一部の方にはすでにお話ししているのですが
今月で終わりの予定だった派遣期間が
もう一年延長することになりました正直、色々悩みました

かなり、悩みました

理由は3つ

家族の事
自分の立ち位置
被災地での立ち位置

過去のブログにも、それっぽく悩んでる内容の事を書いてたのを
どれくらいの方が気付いてたかなと思いますが…

まず家族に対しては、自分のわがままで寂しい思いをさせているのかなと

妻や息子達は応援してるって言ってくれてるけど
おいらに気遣ってくれてるだけなのかなとか
義父母や親戚の方とかはどう思ってるんだろうかとか

けど、延長の内示を言われた夜
下の息子に言われた一言が一番おいらの気持ちを救ってくれたのです
「自分が後悔しないようにやり切ったらいいんじゃない?」って

14歳の年頃は、親に対して素直な会話ができないのは
自分が経験しているいので、重々承知はしてましたが
彼の、思いもしなかった素直で大人びて
それでいて思いやりを感じた言葉には、
成長したなという父親としての喜びと
男同士の会話ができた喜びで
おいらの迷いを一つ消してくれたのです

自分の立ち位置としての迷いというのは
1年間多賀城をはじめ東北の被災地を色々見てきて
遠く広島の呉にはメディアなどからは伝えきれていない現実が
まだまだたくさんあることを感じたのですが
この事実は、このままおいらがこちらに残って
こうした下手なブログで伝えるよりも
実際に沢山の方に被災地を訪れてもらい
目で見て、感じてもらう方が良いんじゃないかと

1月に呉の後輩がおいらを訪ねてきてくれたときに
彼をはじめおいらよりも若い人達が沢山、
おいらと同じ思いを抱いている方がいることを知り
特に強く思いだしたのです

多賀城をはじめ、被災地ではまだまだ多くの方が
仮設住宅での生活を余儀なくされていて
災害公営住宅の建設や、被災地の復興整備など
ハード面での支援・再建への道程は長い時間が必要なようです

もちろん、ソフト面での支援も必要なのですが
ハード面がある程度進まないと、ソフト面での再建・復興は進めず
そうした事からも、おいらの様な事務屋の支援よりも
技師さんなどの支援がより必要なんだろうと感じてます

そうした中で、おいらは果たして受け入れ側としては
必要とされているんだろうか
もっと役に立つ人の派遣の方が、双方にとっても良いんじゃないどうかと
自分が派遣延長を希望することは、双方にとってもマイナスなんじゃないだろうかと

先週、派遣先での「送別会」で一足早く多賀城の方達には
1年残留することをお伝えしてました

皆さんには、歓迎していただくような温かい言葉を頂いて
それは嬉しく、ありがたかったんですが

そんな「モンモン」とした思いを、派遣元の人事課長から
電話で1年延長を伝えて頂いた2月初旬から
ずっと抱いていたのです
しかも、延長のことは積極的に口外しないようにという
「指令」を付け加えて頂いて。。。

もちろん、今日辞令を受けて、気持ちの整理はちゃんとつけてるつもりです

ボスをはじめ、トップの方達からは辞令を受ける際に
温かい励ましのお言葉を頂きましたし

応援してくれる人が一人でもいてくれるのであれば
全力でやっていくだけだと決意してます

というわけで、このブログも続編へと継続させていただきます
あいかわらず下手くそな内容で申し訳ないと思ってますが
一人でもおいらを気にかけてご覧いただけるのであれば
一生懸命、被災地の状況をお伝えできるように頑張ります

このブログが呉市と多賀城市の架け橋の一つとなってくれれば
この上ない喜びです

とりあえず来週の火曜日までは呉にいます
その間少しでも多くの方にお会い出来たらと思ってます

あっ、昨日の帰省珍道中については
追ってお伝えしますね