「彼」と再会を果たした大雪の翌朝
天気予報通り回復傾向にあったものの
溶けるはずもない雪で覆われ、街一面銀世界

朝から早くも嵐が訪れることに。。。
この大雪の中、仙台駅近くに宿泊した彼を迎えに行くのは
時間のロスと思い、9時を目安に多賀城駅まで電車で来るよう
昨夜のうちに約束していて
それに合わせて出かける支度をしようと思っていたら
8時過ぎに彼からメールが。。。
「間もなく多賀城駅に着きます」
えっ?早っ!
しかも到着寸前のメール!
やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」
この日は松島~石巻~南三陸~陸前高田~気仙沼という被災地を巡って
去年の秋に息子たちと泊まった、休暇村気仙沼大島で泊という行程
宿に着いてからでも飲めば良いかなと
缶ビールとつまみをクーラーボックスに用意してというおもてなしぶり
すると彼、「早速いただきます!」と
満面の笑顔でプシュッ!つまみボリボリ。。。
ま、いいけど
エネルギーが注入された彼は早くも全開モード
正月に買ったという自慢の高級カメラを片手に、シャッター切りまくり
続けてビールもプシュッ!
おいおい、宿に着くまでに無くなるんじゃね~の?
ま、いいけど
そんな絶好調の彼に悲劇が。。。
車を降りようとしたときに、自慢のカメラがすってんころりん!
おいおい!
レンズが開きにくくなって、一気にトーンダウンの彼
自分で自分を慰めながらも、立ち直りも早い彼

やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」
そんな彼にとって、被災地巡りってどうだったんだろうと不安に思ってたら
南三陸へ来た途端、彼の表情が一変
「テレビで見たことある」という防災庁舎跡を真剣なまなざしで見つめてる
その後、陸前高田の巨大ベルトコンベアや気仙沼の嵩上げ工事現場など
その現状を見て、何かを感じてくれた様子
ここまでいかにも「チャランポラン」な様に彼を語ってしまってますが
地元の消防団に所属して活動したり
去年起きた広島市の土砂災害による被災地に
ボランティアで何度も応援に駆けつけたりと
普段見せない面を持っていることを
今回の訪問で知ったのです
被災地派遣も、おいら同様彼も希望していたと知り
野球部での繋がりだけでしか見てなかったおいらには
彼の意外な一面にビックリしたのでした
そんな中、フェリーで大島に渡り、休暇村にチェックイン
フロントにある立て看板を見つけた彼が
「8時から震災の語り部の方の話が聞けるらしいよ。行ってみようや」
と誘ったのでした
時間になって会場に行ってみると、年配の女性が5~6名ほどの少人数でしたが
地元の大島に住んでいる方で、「大島ガイドサークル」で活動されている
村上さんと言う年配の女性の方による
震災当時の状況や、その後の島の人たちの様子など
貴重な話を聴くことができ
おいらの心の奥深くに刻み込まれました
帰りの送迎バスでも、休暇村職員の運転手さんが
当時のお話をしてくれたり
島の唯一の交通手段であるフェリーが流され
広島の江田島からフェリーが応援に来てくれて助かったという話を聞き
おいらたちが広島から来たと話すとすごく喜んでくれて感謝されたりと
被災された地元の方からの生の声が聴くことができ
とても充実した時間を過ごせたのでした
これも、彼がわざわざ呉からやって来てくれたおかげ?
やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」?
もちろん、休暇村では気仙沼特産のサメやカキなど
おいしい三陸の海産物をたらふくいただき
お腹も心もチョー満腹となったのです
(ちなみに気仙沼のカキいかだも津波でほとんど流されたそうですが
その復興のために広島の漁師が手伝いに来てくれたことも
こちらでは盛んに紹介されているようです)
こうして、楽しく充実した1日は
彼の大音響のいびきと共に過ぎて行ったのでした

最終日は彼を昼過ぎの飛行機に乗せるため
一路仙台空港へ向かうだけ
が、大島は朝から雪
予報では雪が降るなど聞いてなかったのに
やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」
おとといのような大雪でもなく
路面状態もほとんど問題なかったものの
飛行機が無事飛び立つのかをやたら心配する彼を乗せて
ほぼ予定通り、無事仙台空港に到着
別れ際になって
「そういやぁ、買ってきたお土産、渡してたっけ?」
と、カバンの底から取り出されたショッピング袋を渡されました

ま、気持ちが大事ですから。。。
やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」
こうして様々な逸話と存在感を残して
彼は呉へ帰って行ったのでした
空港からの帰り道
怒涛の3日間を振り返りながら車を走らせていると
空がきれいに晴れてることに、この時ようやく気付いたのでした

やっぱり彼は「嵐を呼ぶ男」!
だったのか。。。?