SPIN-OFF

全部が好きだった、

無邪気さや素直さだけじゃない、弱さも脆さも、

その裏に隠された翳りも美しくてたまらなかった

ばかばかしいと分かっていながら今でも思う


それでいて今さら嫌いになることもできないから

消えるまでこの気持ちを抱いて生きねばならない

記憶を繰り返して輪郭を浮かべては手触りを確かめる


忘れたいと思っているわけでも、

忘れたくないと思っているわけでもないのに

無意識のうち頭の隅から隅までを舐め回すように

まだ思い出せていない記憶を、彼女の表情を言葉を、

探している自分がいるこれは、何だろうね


もはや別れを悲しむ段階はとっくに終わっていて、

今はいつか消えてしまう感情だと分かっていながら

無駄に咀嚼し続けて楽しんでいるようなものだ


彼女は嗤うだろうなあ、未練がましいもんねって

その通りだ、抵抗する気などさらさらない

「私が捨ててあげよっか?」

昔の恋人の物を捨てられない僕に

彼女がそう笑って言ったように、

同じことを言ってくれる誰かが現れるまで

僕はずっと、こんな感じでいるのだろう


なーにがこれから誰とどこででも生きていける、だ

それが冗談でなく本気なのであれば

殺すつもりでこの頭をハンマーでぶっ叩いて

ひと通りの記憶を消し飛ばしてから言ってくれ

こちとらその誰にあたる、何千何万もの出会いの度に

彼女を思い出し比べては、絶望し続けるしかないのに

その何千何万のなかに、彼女は入っていないというのに

 

誰かを抱こうとするたびに思い知る

現実世界にはもういなくても、

心の中には彼女がまだ当たり前のようにいることを

感情の昂りなどない形式的で無意味無価値な、

まるで味のない行為に吐き気がする


触れたいのは、触れられたいのは彼女だけで、

彼女でないのなら自ら慰めた方が幾らかましだ

気持ち悪いと蔑んだ目を向けてくれるのなら

満面の笑みでピースサイン決めてみせる


耳たぶの厚みが、頬骨の硬さが、艶めいた肌が、

鼻の下のほくろが、髪が、下唇が、浮いた骨が、

どうしてひとつひとつが胸に刺さって抜けないのだろう

抜けた途端に血を吹いて死んでしまっても構わないのに


彼女がいないと生きていけないとか

幸せになれないとかそういうことじゃない

彼女がいなくても生きていけているし

毎日ちゃんと、それなりに幸せを感じているけれど

その隣にいてほしいのは、分かち合いたいのは

他の誰でもなく彼女で、ただそれだけだ


彼女が現れて、僕は初めて人生のパズルの完成を知った

そして彼女を失って初めて、このパズルは欠けてみせ、

彼女なしでは完成しないものになってしまった

足りないピースをまだ埋められない

これまで完成があるとも知らずに生きてきたというのに

同じ形のピースを見つけられずにいる


欠けたままのこのパズルも、

ひとつの完成の形だと頭では分かっている

自分にとっては彼女が最後のワンピースでも

そもそも僕は彼女のピースでさえないということも