ここ何回かの剣道の稽古で、

高段者の先生を相手に

鮮やかな面を繰り出して

自分でもビックリ!

ということが何度かあった。



 

でも、どうやって打ち込んだのか

まったく覚えていない。



 

ほんの短い時間だけど、

完全に集中して

最高のパフォーマンスを発揮する

「ゾーン」とか「フロー」

っていう状態だったんだろう。





 

以前は

「打たれたくない」とか

「一本取ってやる!」みたいな

意識がどこかにあったけれど、

最近はそこをあまり意識していない。



また「集中しよう」なんてことも

思っていない。




 

目からの情報ばかりに頼らず

氣?呼吸?エネルギー?

呼び方はどうであれ

見えないものを察知することに

知らずと集中していたかのような感じ。




 

 

でも、これは後から振り返って

そうだったよな…という感覚。

次も同じことをやりたいと思うと、

意識が働いてしまって、

結局うまくいかない。



 

だから今後も意識せず、

淡々と稽古を積んでいくだけ…

そんなふうに思っている。



 


 

 

 

 

そんな状態の私の相手をしてくださった

先生のお一人が私との稽古で

何か掻き立てられるものを感じたのか、

すごく褒めてくださったうえに

次回の対戦を楽しみにしてくださっていた。

 

 

 

 

で、先日

(土星・天王星のスクエアがピークの日)、

その先生と久しぶりに稽古。


 

 

でもその前に

私は別の先生に稽古をつけていただき、

もっと自分から仕掛けた方がいい

…というアドバイスをもらった。


 

そうありたいと思いつつも、

相手の動きを察知することに集中しすぎて

出来ていないことに氣付かされ、

すぐさまその点を意識するようにした。


 

 

その状態で

対戦を楽しみにしてくれていた先生との

稽古に臨む。


 

 

自分から仕掛ける意識を持ったまま

相手の氣を察知するのは難しく、

前回のような動きには全然なれない。

出遅れてしまい不本意ながら

相手の打突を竹刀でよけることも度々あった。



 

ある程度稽古してからの一本勝負も

不完全燃焼で終わった感じ。


 

 

すると、前回と全然違う…と言われたので、

直前に稽古した別の先生からアドバイスをもらい、

それを意識しながら以前のような動きを取ることは

今の自分には難しいとお伝えする。


 

 

そうしたら、

そのアドバイスを一旦忘れて、

私本来のやり方でやってほしい…

そんなリクエストがきた。

 

 

 

 


 

 

 

 


 

は?

 

 






直前にもらったアドバイスの内容が

自分に足りていないと納得して

取り入れようと努力しているところなのに、

意識していたことを忘れろ ですって?



 

ゲーム機じゃあるまいし、

私にリセットボタンは付いてませんけど!

 

(でも怒りのスイッチは入ったみたい(^^;;)


 

 

 

「意識しないこと」を意識するって

どれだけ難しいかわかってるのかしら?

 

(↑冒頭に書いたフロー状態を再現したくても

 「意識しないでやろう」という意識が働き、

 再現が非常に難しいことを私はよくわかってた)


 

 

 

一度意識に上がったことを

なかったものにしようとするなんて

意識をより強化することにつながって

本来の力なんて発揮できるわけないじゃない!




 

 

…というわけで、

「無理です、できません」と

キッパリお断りしました。( ̄^ ̄)ゞ



 

 

 

それで稽古は終わり、

自分の氣持ちに正直に返答できたことについては

ちょっとだけスカッとしていた。

 

(以前の私なら、

 年功とか段位の序列に従うべきだと思って、

 無理してでも相手に合わせたと思うので)

 

 

 

 


 

 

 

 

 

とはいえ、

帰り道はずっと胸の中がモヤモヤ。

帰宅後もいろいろと思考が湧いてくる…


 

 

少しでも上達しようと努力しているのに

その状態では相手にならず不満だからといって

格下* の相手にそんなリクエストするなんて、

高段者のすることかしら?


 

 

 * 剣道の段位を取得するには

   その段位の年数分の修行が必要

(例えば五段になったら5年経過しないと

 六段は受審できない)で、

   私がその先生の段位・称号になるには

   少なくとも13年以上の修行が必要。

   それくらい私の方が格下。

 

 



そもそも同じ対戦相手であっても

お互いのコンディションとか、心理状態とか

全く同じ条件での対戦なんてあり得なくて、

その中でもいかに自分が

最高のパフォーマンスを発揮できるか

っていうところを稽古しているわけでしょ。


 

 

それなのに、自分が楽しみたいが故に

相手をコントロールしようとするなんて!



 

斬るか斬られるか命懸けの勝負なのだから

いくら稽古とはいっても

そんなリクエスト、あり得ないゎ〜。



 

 

 

…と、相手を批難する思考ばかり。

 

 

 

いったん出尽くしたところで

 

待てよ…




 


 

 

 

 

 

こんな現実が起きたということは…

その先生は私の鏡となってくれてるはず。


 

 

その先生の行動で

私がイヤだと反応している部分は

私自身が持っている、見たくない部分。

 


 

 

それは何だ?


 

 

 

普段の生活の中では段々と

誰もが異なる存在で、

一人一人違う見方、感じ方があっていい…

ということを受け入れようとしている。



 

 

それなら、その先生がどう感じて

どんなことを言ってこようが

それを「その人の意見」として認めればいい。

別に同意しなくたっていいのだから。


 

 

それなのに…


 

 

相手に押し付けられたと感じてイラッとした。


 

「意識しないこと」を意識するなんて難しいと感じ、

時間をかけて身につけていくものだと思っていたところへ

まるで頬に付いたまつ毛を落とすくらいの軽い感覚で

その意識を外して…と要求されたため、

簡単に言うな!っていう反発心が発動した。


 

と同時に、

人をコントロールしようとしていることに

嫌氣がさした。



 

いや、それ以前に前回の対戦の後、

2回の練習の機会があったのに諸事情で対戦せず、

ただ楽しみにしているとアピールされて

それだけでもプレッシャーになっていたんだ。

(これもコントロールの一つのように思えてる)


 

 

私はできるだけ何も考えず

まっさらな状態で稽古に臨みたいし、

そういう状態だからこそパフォーマンスが上がり

その先生の臨むような稽古になりえると思っているのに、

 

逆にそれを阻まれているような感じがあって

実際に稽古をして

全く相手になってない自分に

もどかしさもあったのかもしれない。


 

前回と比較して全然違うと言われ、

そんなプレッシャーを与えたのは誰?

と言いたいところを飲み込んで、

別の先生にいただいたアドバイスのことを口にした。


 

それも事実ではあるけれど、

それだけが要因であるかのように言ってしまっていた。



 

 

でも、その先生からしてみれば

プレッシャーを与えているつもりなんて

なかったのかもしれない。






 

 

 

結局、

コントロールされたくない

…っていう思いが私の中にあり、



相手がコントロールととれる要求をしてくる

…ことで、それを浮き彫りにしてもらった感じ。


 

 

そもそも、

他人をコントロールすることなんてできるわけがなく、

自分の世界は自分の選択によって創るもの。

他人の行動せいで…っていうのは

それを自分が選択しているだけ。




恐れることはなく、

自分が本当に望むものだけを

選択していけばいいんだ。


 


自分は格下とか、相手は高段者とかいって

自分を被害者のように仕立て上げても

その先の現実が良くなるものではない。


 


 

どんな状況にあっても

いつでもまっさらな状態で対戦できるように、


いや、

剣道をしている時だけに限らず、

いつでも現実をまっさらな状態で捉えて

自分の望む方向に人生の舵を切っていきたいと

思うのでありました。







 


読んでくださり、ありがとうございます☆

 

 

 

Kayo