昔から、女社長である母によく言われるフレーズがある。



「あんた、そんなクダラナイやらないで、もっとマトモなことやりなさいよ!」って



それは例えば、私が外でアルバイトして稼いだお金に対して



「そんな微々たる稼ぎで何ができるの?あなたは私みたい商売して稼ぐのよ」とか、



私が使わないものをリサイクルするためにフリーマーケットに出店したら



「もうちょっとマトモなことやりなさいよ、
恥ずかしいわ!」



私が精神世界、心理学に興味を持つようなっていたら



「そんな仕事じゃ、マトモに稼げないし、怪しいわよ!」



などなど。。。



まだ心理の世界に触れる前の私は、



彼女の言葉をそのまま鵜呑みにし、



「私のやっていることはクダラナイ、


もっとマトモなことやらなきゃ!


もっと母みたいに女社長で成功しなくちゃ!」


と本気でそう思っていた。



私は常に劣等感とプレッシャーというゴールの見えない道のりをもがき続けた。



いま思えば私は自分ではない他人(母)の人生を一生懸命、模倣しようとしていた。



そりゃあ楽しいはずがない、成功もまずありえない。



なぜなら、私は自分の個性をクダラナイと思い、



母の言うマトモを真実だと信じ込んでいたからだ。


ただ、今なら言える、


クダラナイこと、マトモなことに基準なんてありません。


あなた(親)にとってのクダラナイことでも、



他人(子供)にとっては個性であり、特技であり、



はたまた、その子を幸せにする突破口であるかもしれない。



それはマトモも同じである。



あなた(親)にとってのマトモなことは、




他人(子供)にとってもマトモとは限らない。




どうかあなたのマトモを子供に押し付けないで下さい。



知らない間、相手(子供)の秘めた可能性を潰しかねないから。