地球最古の森に抱かれた街・ケアンズから、自分らしくありたい貴方へ。 -38ページ目

地球最古の森に抱かれた街・ケアンズから、自分らしくありたい貴方へ。

ケアンズ地元情報誌リビングインケアンズの生みの親。16年間の編集者時代に出会った、オーストラリアやケアンズの素敵なモノ、ライフスタイルをシェアし、ハッピーの輪を広げるべく活動するマーフィー恵子のブログです。

今日は雨。
いつにも増してケアンズの町は静かです。。

ご来店のお客様ももちろん少ないので、たまっていたペーパーワークや、発注や、商品のPOP作りなど、気になっていたことがだいぶ進みました。(小さい店でもやることは結構あるもので)

さて、

「集中するとはある意味では捨てることです。
「選択」するということはいくつかの選択肢の中から一つを選ぶことです。
ほかのものは捨てねばなりません。」


そんな言葉を残した、安藤百福氏をご存知ですか?
私は前回のホリデーで、横浜の「Cup Noodle Museum」という所を訪れて初めて知りました。



(画像をクリックすると、You Tubeの名言集に飛びます)



話題の佐藤可士和氏プロデュースということで行ってみたミュージアムですが、正直、衝撃を受けました。

日清食品の創業者であり、世界初のインスタントラーメンやカップヌードルを発明した、安藤百福氏のスピリットが息づいている場所だったから。





同氏がインスタントラーメンを発明したのは、全財産を失った48歳のとき。

「私が無一文になったとき、“失ったのは財産だけではないか、
その分だけ経験が血や肉となって身に付いた“と考えた。

すると、新たな勇気が湧いてきた。」


「事業を始めるとき、
金儲けをしようという気持ちはなかった。

何か世の中を明るくする仕事は無いかと、
そればかり考えていた。」
と言います。

そして

「即席めんの発想にたどり着くには、
48年間の人生が必要だった。

過去の出来事の一つ一つが、
現在の仕事に見えない糸で繋がっている。」
とも。


その後、失敗を重ね、麺をフライにしてから乾燥させる方法を発明。紆余曲折を経て、世界の人々に愛される、まさに新しい食文化を築かれたのでした。

やっぱり、人生に無駄はないんだ。。と勇気づけられます。48って言えば、来年の私。ここで無一文になるって、凡人だったら心が折れてしまう。




(安藤氏直筆の色紙。毎年年初に、志を綴られたのだそうです。世間的には成功している経営者、発明家の方の、愚直なまでに仕事に取り組まれる姿勢に心が震えました。)



「ラーメンを売るな。食文化を売れ。

インスタントとは即時・即刻・瞬間という意味である。
してみるとインスタント食品とは時間を大切にする食品ということになる。」


「明確な目標を定めた後は、執念だ。ひらめきも執念から生まれる。」


ラーメンでなく、食文化。やはり時代の申し子とも言える商品は、「人々が豊かになるように」という壮大なビジョンがあるからこそ生まれるのですね。。







ミュージアムでは、Never Give Upの精神や、創造力の大切さも、身を持って伝えてくださっています。

何しろ一生現役で、夢を持ち続け、90歳を過ぎてから宇宙食ラーメンの開発にも成功されたのですから。


大切なことに集中して、不必要なものは脱ぎ捨てる。そして、年齢に関係なく、夢を追い続ける生き方、何てカッコいいんだろう。

生涯を通して社会福祉活動にも積極的だったという安藤氏の生き様が至るところで感じられる、素敵なミュージアムでした。







(子ども達が楽しめる工夫もたくさんで、オリジナルのカップヌードルも作れるんです♬ パッケージに絵を描いて、フレーバーや具を選べます。)




(上階では、安藤氏が研究した世界の麺を屋台形式で展開。楽しいです)



おまけ。

カップヌードルミュージアムは、みなとみらいの側。
天気が良かったので、ぶらぶら散歩しました。




大学が横浜だったから、よく来ていた土地ですが、当時はみなとみらいの開発に着手したところで、今は本当に様変わりしていてビックリ。

横浜の駅から桜木町まで歩いてたなあとか(電車が走ってなかった)、卒業展覧会をしたのは関内だったなあとか、懐かしさMAX。




当時は赤煉瓦だって、ただの倉庫だったのに、今はこじゃれたショッピングセンターなんですね。。




中華街だけは、当時と同じ姿で、活気もそのまま。嬉しくなって色々買い食いしつつ歩きました。(美味しさも変わってませんでした)




学生時代は、台湾やマレーシアから来ていた中国人の留学生の方達とも仲が良かったから、メニューに載っていない家庭料理をオーダーしてくれたりして、楽しかったなあ、とまた想い出が蘇り。

子ども達にも「ママ、懐かしいばかり言ってる」と、なかば呆れられました(笑)

でも、当時は港に着く船をぼーっと眺めて外に出たいなんて思っていて、まさか数年後に船の操縦士の人と結婚して、外国に住むことになるとは夢にも思わなかった。

子ども達と懐かしの地を一緒に歩いて、景色は変わっても、変わらない空気の中で、青春時代?と現在が重なり、同時に流れた年月の重さも感じるという、何とも不思議な感覚を覚えた横浜の1日でした。
日本滞在中は、3週間のうち、どこへも行かなかったのは1日くらいというほど、フルに動きました!









(雨の宮島。平安時代からこの島に佇む厳島神社。その美しさは息をのむほど。。)







今回は、来年大学入学と同時にケアンズを出る予定の息子と一緒に旅をすることもそうなくなるだろう、ということで、子ども達と日本の色々な姿を見たり、実家の家族たちとキャッチアップしたい、という完全ファミリー主体のホリデーでした。



(今回の旅で、3人だけで写っている唯一の写真。。)



日本に行こう!と結構衝動的に決めたので、日本に着いてからホテルの予約をしたり(汗)、旅先のプランも前日考えたり。。いい加減母の私ガーン

故に、新幹線に乗り遅れたり、間違った路面電車に乗っちゃったり、ハプニングも多々。

でも、行って本当に良かったなあと思います。

子ども達も、自分の中に流れる血を作ってきた背景を肌で感じることができたようですし。2人がティーンエイジャーになったからこそできた旅。






私自身も、学生時代以来(30年ぶりとか!)の場所を訪れたりして、日本文化の奥深さ、繊細さ、など様々な感動がありました。




どの土地を訪れても、目の前にある素晴らしい造詣や、食事や、芸術が、それぞれの時代に生きた人々の想いが造り上げたものなのだと、心のエネルギーのすごさを改めて感じて

例えば、不安な世の中を仏法で鎮めようとした聖武天皇の強い想いが込められた奈良の大仏。

開眼から1200年以上経た今も、私たちの心を打つのは、単に大きいからだけでなくて、平和への思いの大きさが形になっているからなのかも、などと思いながら拝観しました。









ずっと暮らしていると気がつかなくなるかもしれないけど、日本は本当にすごい国だと思います。何て言うか、懐が深くて大人な国。





それぞれの時代を生きた人の心が至る所にあり、それを大事にしながらも、外国から来たモノや新しいモノもどんどん取り入れてしまう。













大切にするけど、執着固執しないところに、懐の深さを感じます。





(戦争の被害を訴え、損害賠償を求め続けるような過去への執着の代わりに、「平和への希求」という未来を見据えた在り方を示した広島の平和記念公園や原爆資料館は、子ども達も静かに時間をかけて回っていました)



流行語だったという「おもてなし」も至るところで感じたニッポン。




原点回帰という意味でも、素晴らしい年末年始となりました。何度も集まってくれた実家の家族にも大感謝です♬


長かったような、あっという間だったようなホリデーが終わり、私は今日からお店に入りました。

極寒の、身も心もひきしまるような日本から、暑くてゆるいケアンズへ。

帰って来た日は、夕方から、日本で超人気のガイドブック「るるぶ」さんの取材がありました。

隠れ家のような小さなパウチをご紹介いただけるなんて、本当に光栄です。

実は、私も1度、同誌のケアンズの誌面を担当させていただいたことがあり、情報量がすごくて、カメラマンさんと小走りでアポイント先の取材を次々にこなしたことを思い出します。

(書いた後の文字数の調整や、写真のセレクト、付け合わせも大変だったなあ)

今回の女性編集者さんも、日本からの強行スケジュールでいらしたとのこと。
スローなケアンズでは、取材先ものんびりしているので、色々ご苦労がおありだろうな、とお察しします。


この日は、撮影のために1時間ちょっとお店を開けたのですが、その間に「お帰りなさい」と、お客様や何人かの方々から温かいお言葉をいただき、あーケアンズのフレンドリーさ、いいなあと改めて♥




(↑今回のホリデーは、子どもと一緒にたくさんの名所を訪れました。清水寺にて、叔母と息子と。)


2014年は、仕事に関しても、今まで以上に自分の心に素直に、楽しく進めてゆきたいと思っています。この年になると、辛いことや嫌なことも、今までの経験値から乗り越え易くなってきましたし。

仕事人生もいよいよ後半戦だから、人様に喜んでいただくことに心を尽くしながら、自分自身ワクワクしていたい。

逆に言えば、自分がワクワクすることは、少しでも誰かのお役に立つことなのだと、自分のアンテナを信じたい。


周りの方とのコラボも含め、今年は、どんなクリエイティビティが開いてゆくのか楽しみです。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

先日、ケアンズ高原にあるガガラハニーさんの養蜂場を見学させていただきました。


オーナーのロッドさんと潤子さんは、温かくて素敵なご夫婦。長女のMちゃんがお腹にいたときからだから、もう7年近くおつきあいさせていただいています。




私がリビングインケアンズを辞めるときは、わざわざ高原から会いに来てくださり、ランチをご馳走になりました。。(またこうして一緒にお仕事ができて嬉しいです!)


ロッドさんは、アサートン高原で市議会議員も務めていらっしゃり、本当に誠実な方。

今回は、女王蜂の交換日だからと、お声をかけてくださったのでした。

女王蜂の交換???疑問に思いながら、養蜂場に案内していただくと。。




そこは、おとぎの国のような、なだらかな丘が続く美しい高原。何機もそびえる風力発電の塔が、緑と不思議とマッチして。


蜂の巣箱が設置されている後ろには、牛達がのどかに草を食んでいて、何とも平和な場所です。




ここで採れるハチミツは、日本でいう百科蜜、ガガラさんの商品名はRainforest。熱帯雨林の様々な樹木の花の蜜からできていて、濃厚な味です。




(↑250g $6.5。昔、日本のハチミツ屋さんがお客様としていらして、日本では、養蜂家さんのハチミツはこの大きさで2000~3000円台はする、ここは安過ぎる!と言われたことがあります。。)


私、とても好きな割には、ハチミツのことを知らなくて、今回は驚くことがたくさんありました目

ハチミツって、蜂の食べ物だったのですね。詳しく言うと、仲間のための保存食。

働きバチが採ってきた花の蜜を、他の働きバチに口移しで渡すと、唾液(酵素)が加えられ、蜜を受け取ったハチが貯蔵部屋に運んで、羽から出る温風で水分を蒸発させてハチミツを作るのだそうです。

こうして完成したハチミツは、蜜蝋でフタをして貯蔵されるとのこと。




アボリジニのディジュリドゥの吹き口や、キャンドルに使われる蜜蝋って、実は、ハチミツのフタだったのです。


もう1つ知らなかったのは、蜜を採ってくるのは、メスだということ。しかも、後で調べてみたら、余生が短くなったメス蜂が、命をかけて蜜を運んでくるのだそう。




ミツバチの寿命は半年くらい。でも、蜜を採る花が遠いと、寿命は短くなってしまう。
500kgのハチミツを作るのに、蜂たちは、合計して20万kmも飛ばなくてはならないのです!

「だから、こうして花や水が近い所に巣箱を設置するんですよ」と潤子さん。





パウチではユーカリのハチミツを2種類、扱わせていただいていますが、花が咲きそうだという情報が入ると、トラックで巣箱を設置しに行くのだそうです。しかも、ハチに負担がかからないように夜に。。

まさに、花から花へ、の世界。



(↑たっぷりハチミツが入ってるなあと、ビーキーパーのロブさん。1つの箱で30kgくらいあるとのこと)


ガガラハニーさんの養蜂エリアは何と直径300km!

あのゴールドに輝くハニーは、まさに、ハチと人の汗と涙?の結晶です。




そして、本日の目的、女王蜂の交換!

通常、女王蜂は1日に2000~3000個もの卵を産み続けますが、寿命(5年くらい)が近付くと、次第にその産卵数も減ることから、新しいものと交換するのだそうです。

しかも、新しい女王蜂は、こんなカプセルに入って郵便でやってきたと聞いてビックリ!





数匹のお付きのハチとエサと共に、女王蜂専門のブリーダーさんから届くのだそうです。

巣箱を開けると、ロッドさんは一瞬で女王蜂を探し当てました。
私から見ると、全部ブンブンしてるハチ。。ガーン でも、彼には胴体の長さでわかるとのこと。さすがプロです。






説明を受けながら、できたて?のハチミツをなめさせていただきました。
何とも贅沢な体験、有り難うございます。

もちろん、味は最高!温かくてとろみがあって。。
クマのプーさんの気分になりました。クマ



この日は、昔一緒に仕事をしていたカメラマンのコリンも撮影に来ていて、数年ぶりの再会!

クライアントである、コンベンションセンターのメニューのコンセプトが、「作り手からテーブルまで」なので、作り手さん達の撮影をしているそうです。

ケアンズでも、色々な場所で地産地消が大切にされてきてるんだな、と嬉しく思います。





養蜂場を後にして、クイーンズランド州で一番標高が高いRavenshoe村に程近い、ガガラハニーさんの工場を見せていただきました。





ここがまた素敵なんです!
100年以上建っている、元学校の建物で。




タイムトリップした気分になりました。


ガガラハニーさんは、高熱処理を施さないので、ハチミツの栄養分がほぼそのまま残っています。こんな器具で、巣箱から取れたハチミツを撹拌分離して、精製に。




実は、オーストラリアは、世界で唯一バロアダニという、ミツバチに付く害虫に冒されていない場所

2007年にアメリカでミツバチの大量死が報告されて以来、世界中に同じ現象が起きていますが、その主要原因と言われているのが、このバロアダニ。

今では、巣箱に殺虫シートを敷いたりして対処している所が多いとのことで、「バロアダニがいないオーストラリアのハチミツは世界で一番キレイなのではないかと思う」と説明を受けました。




この趣ある建物には、花によって分けられた巣箱がスタンバイ。花を付けそうだと情報が入ると、トラックでその場所まで移動し、巣箱を設置します。




最後は瓶詰めしていって、ハチミツが製品化されるまでの長ーい旅が終わります。



ミツバチ1匹が一生をかけて集めてくる蜜の量は、ティースプーン半分にも満たないそう。
ハチミツがいかに貴重なものかがわかって、ほんとうに有り難くいただこうと思いました★


今回は、長いドライブの間も、天使のように可愛いお嬢さん2人が歌ってくれたりお話してくれたり、芯から癒されました。。

真剣に自然と向き合い、ハチを大切にしながら養蜂を続けるマーティご夫妻、見学の機会をくださり、本当に有り難うございました。


パウチでもお客様にしっかりお伝えしますね。





写真提供
人物/養蜂場:Mimi Tannaka Photography
商品:Mefoto
時間が経つのは本当にあっという間で。
もうすぐ2013年も終わるのですね。。。


パウチにティールームを作ってから、人生の先輩、昔からの友達、最近知り合った方、懐かしい方、日本からいらした方、ワーキンホリデーの方などなど、年齢、男女、国籍問わず、様々な方たちとお会いしたり、お話する機会が増えて嬉しい日々です。


お店で初めて会う方達同志をご紹介して輪が広がってゆく感じや、久しぶりにお店でバッタリ会った方々の姿を見るのも楽しくて。




(↑Amazon総合1位の著者、松田ミヒロさんと、ケアンズを発ち、世界に羽ばたくパフォーマンスアーティストのSEIJIさん。先月、パウチにて)




今、日本酒を飲みながら書いているせいかもしれないけどショック! 日常のささやかなことや、言われた言葉が、すごく温かい気持ちにさせてくれて、私は幸せだな~としみじみ感じます。


また、最近は、ケアンズを出る方が 「さよなら」を言いに立て続けに会いに来てくれていたので、「会えて良かった」っていう気持ちと「寂しさ」で胸がいっぱいになったり。

(夜に1人で飲むのよくないですね。。)



パウチは、経営面で考えると上手くいっているとは言い難いけれど、ハートを込めて作った空間で、それが1年半経って形になってきた感じがして、じんわりと心が満たされて。。

こういう感覚は27歳で起業して以来、初めてかもしれません。



最近お客様からいただいた声を見ても、温かいものが多くて嬉しいです。

















そういえば、開店したてのころ、アボリジニのコミュニティで育ったオージーの友人が「ご先祖が祈りたいと言っているから代弁するね」と、アボリジニ語で祈りを捧げてくれたことを思い出しました。


「この場は、彼女がハートから創ったところ。
訪れた人もハートを開いて、
その気持ちをシェアできますように。

この場に全ての良いことが起きますように」



アボリジニ語の調べに、涙していました。






(マルチアーティストの渉さんが、パウチのイメージ、とサラサラッと描いてくれたアートにも「心」の文字が)



やっぱり、この場は大切にしていきたい。そして、私がいなくてもハッピーが続くような空間に。

だからこそ、お店存続のエンジンをしっかり回すために、新たなビジネスへの一歩を、踏み出しました。

来年の展開が楽しみです!