▽▲▽▲ 現在、ブログ休暇中です▲▽▲▽

物語の再掲のみ更新予約にて続けております。

訪問のほうも休ませていただいていますので、

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「このあたりも不穏になったようですね」
ハールが水を向けると、ローエはせわしなく頷いた。
「こんなところにまで戦争で死んだ者が現れるようになったし、森のようすもおかしい。年を経た立派な樹が一夜にして腐り折れたり、土が病んだりするんじゃ。 “ ろうそく茸 ” もあまり採れなくなっての…」
「 “ 呪われた者 ” が森を這い出てきたとも聞きましたが」
「そこまではない」
ローエはきっぱりと言った。
「亡者がうろつくのを勘違いしとるんじゃろ。ただ、抑えるのがむずかしくなってきた。森の奥深くに封じておったものが、森の中に少しずつ…」
言いかけて、ローエは椅子からぱっと飛び上がるや扉へ走り寄った。扉は板が外れたままになっていて、深さを増す夕闇が垣間見える。
「いかん、いかん。直しておかんと大穴が開く」
ハールたちのことはまた頭から抜け落ちたらしく、ローエはひとりでぶつぶつ言いながら板を横にしたり縦にしたりしている。いくらかあきれて皆が眺めているうちに、板の木目がぴたりと合った。するとローエの手の中で板は割れ目がなくなり、外れ落ちたのが嘘のようにもとどおりの一枚板になった。

ほっとしたようすでふり返り、度肝を抜かれた四人を見たローエは、思い出したようににっこり笑い、
「お茶は差し上げたかな。そうそう、干しなつめ入りの焼き菓子があったはず…」
と言って立ち上がった拍子に近くの棚に思いきり頭をぶつけた。はずみで棚の上の秤が落ちて折れるのを、さきほどとはまた違う驚きで四人は呆然と見つめた。

幾度も落下音と何かが壊れる音、そしてローエの悲鳴がくり返されたあと、一同はやっとお茶と簡単な食事にありついた。無頓着なローエが持ち出してくるあやしげな食べ物に神経を尖らせていたアルドーは、殊にもくつろいだ顔になっている。
ところがほっとしたのもつかの間、扉から固いものでつつくような音が響いた。
はっと緊張したハールたちとは裏腹に、
「ほうほう、ちょっとお待ち」
ローエはのんきな返事をして、手にしたりんごの砂糖漬けを口に放り込んでから立っていった。

「知り合いでしょうか」
「失礼だが、ローエ殿では少々心許ないな。すぐ戦える構えでいてくれ」
一行は小声ですばやくささやきかわした。脇に立ててあった箒をローブのすそに引っかけてなぎ倒しながら、ローエは無雑作に扉を開ける。
しかしさいわい、何者かが暴れ込んでくることはなかった。
ローエが話している相手の姿は室内からは見えなかったが、ごくなごやかに会話が続いているようだった。全員が息をついて、ふたたびテーブルの上に注意を戻した時、
「ハール王子。フェルスリグには戻らないほうがよさそうじゃぞ」
ローエがふいに大声で言った。ハールは訝しみ、何ごとかと戸口へ出た。

ローエと向かい合っていたのは人間やデウィンではなく大鷲ほどもある大きなカラスだったが、それ以上にハールを驚かせたのは、扉の外にひろがっているのが街道と丘の裾野の光景ではなく、深い森の中の木々であることだった。






「ここは…いったい」
言葉が続かないハールを見上げ、ローエはにんまり笑った。
「大森林の中じゃよ。わしの家は森の中にある。あんたがたが入ってきた丘の扉は、よく使う出入り口じゃな」
「そういえば…昔語りに “ 森の賢者の扉はすべてに通じ、すべてをさえぎる ” と、ありました…」
ハールはぼんやりした声でつぶやきながら連なる木々を見上げた。太古からあるといわれる森の木々は重々しく、意志を持つかのように見える。

「ハール王子、景色に気を取られておる時ではない。フェルスリグからの知らせじゃ」
はっと我に返ったハールだったが、
「フェラリス姫には “ 王のカラス ” が使えるんじゃな。アラリクといったか、あの王子ではカラスを使えまい。どうしたものか、時々ハヴォルに似た子が現れるの」
呼びかけた当のローエが的の外れた話を続けた。なにごとも整理できないのが彼の癖らしい。
「それで、フェルスリグからの知らせとは?」
「おお、そうじゃった。レギン王が “ 覚めぬ眠り ” に落ちたそうな」
「覚めぬ眠りとは…ご病気ですか、それとも何かの呪いか…敵の攻撃か、まさか術の破綻では」
驚いてたたみかけたものの、ローエはのんびりした顔つきのままだった。ハールは苛立ちのあまり我知らず眉根を寄せている。
「騒ぐことはあるまい。魔法使いは魔法に捕らわれず、夢使いは夢に食われはせぬものじゃ」
ゆっくりと吐き出された言葉には、内心の侮りをすべて吹き飛ばす響きがあった。ジアルデルや “ 呪術師 ” たちとは異なる道を選んだデウィンの “ 賢者 ” の、秘めたる強さをハールは思い知った。

見直す思いで背の低いローエの顔を覗き込むと、 “ 森の賢者 ” は愛敬のある顔で笑い、
「レギンのことじゃ、夢に深入りしたにはわけがある。それよりもな、アラリク王子が騒ぎ立てておるようで、ハール殿にもひそかに逮捕状が出ておるらしいぞ」
「なんですって?」
「レギンが眠り込むと同時に “ 夢の護り手 ” がすべて都から消えたそうじゃ。自分が留守をすれば石頭のアラリクがどう出るか、レギンはよう知っておったんじゃな」
ローエはカラスをふり返った。カラスの両眼は深く暗い赤で、時おりきらりと輝くとレギンの燃える瞳を思わせる。
「フェラリスからはこう言ってきておる。都には戻らず、ここから北上してルマの港を目指すように、とな。ルマの族長ならば、あんたがたをコルへ帰してくれるじゃろうと」
ハールの脳裏に、笑ったり泣いたり怒ったり、めまぐるしかった男の顔が浮かんだ。
「なるほど…確かにあの御仁とのいきさつを思えば、ルマは我らを助けてくれるでしょう。しかし、なぜフェラリス姫がルマでのことをご存知なのか…」
「フェラリスではない、レギンじゃよ。レギンが娘に言いつけたんじゃろ、夢でな」

ルマの後嗣問題に巻き込まれた時、レギンは初めからこの騒動を見通していたのではないかと話したことをハールは思い出した。どうやらそれは当たっていたらしい。そしてボールドリクの問いかけと敵意を突破して謎の剣を手に入れ、ローエを頼ることも見越していたのかと思うと、心強いような薄気味悪いような、複雑な感情がハールを包んだ。

 

 

 

 

くま 次回再掲は16日(土)になります みずがめ座

※画像はフリー画像です