▽▲▽▲ 現在、ブログ休暇中です▲▽▲▽

物語の再掲のみ更新予約にて続けております。

訪問のほうも休ませていただいていますので、

ご了承くださいませm(_ _)m

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

呪われた森を出て峡谷の崖を半分も登ると、南方の太陽に照らされた身体から汗が噴き出した。全員が、生きている実感に息をついた。
「平原までは戻らないほうがいいかもしれませんね」
しきりに目をしばたたきながらケルドーが言った。すでに傾きかけた、弱さを含んだ陽光ではあったが、暗さに慣れた目にはまぶしくてならない。
「じきに暗くなる。なるべくここから離れたい気はするが、ターニットと真夜中に逢い引きしたくもないな」
ハールは正直に答えた。死の匂いと亡者にはうんざりだった。
「いっそ大森林を目指してはいかがでしょう。フェルスリグからは遠くなりますが、ここからもっとも近い人心地のつきそうなところと言えば、ローエ殿のお住まいかと」
アルドーが提案する。
「ローエ殿は見ず知らずの者も受け入れてくださるのか」
「おそらくは」
短すぎるアルドーの返答を補うように、
「ローエ殿はデウィンの中でも気さくな方と言われています。森番でいらっしゃるので、迷い人の面倒もよくみられるようです。頼っていけば助けていただけるでしょう」
とヴィトが口を添えた。
ハールはがらんとした街道を見渡した。西の方角は低い秋の陽に輝いているが、その光の幕の向こうに闇が湛えられているような気がした。対して東の方角は未知の場所ではあるが、生者の息吹が感じられる。《荒れ谷》で亡者に囲まれていたからこそ「気配」に敏感になっているのだろうとハールは思い、自分の勘を信じることにした。

崖の途中に置いていた荷物は無事だった。ただし、あまり遠くに逃げないことを祈った馬は影も形もない。やむを得ず、それぞれ手分けして荷物を背負ったため、そこからの道のりはひどく無口なものになった。
しばらくすると地平線をにじませる影が見え始めた。それは日が落ちきる前にはっきりと森の形になり、やがて視界をすべて埋めつくすほどの広さと深さになった。
「あの森のどこに住まっておられるのだろう。場所によっては行き着けぬのではないか」
ハールの懸念に、
「あの森の奥には “ 呪われた者 ” たちが巣くっているため、森の中は “ 道が結ばれている ” と聞きます」
少し息を切らせたヴィトが答えた。


「道が結ばれている…どういう意味だ」
「森へ踏み込むと、いつまでも同じ場所を回り続ける羽目になるそうです。決して暗黒の術に捕らわれたのではなく、迷い人が奥まで入り込まないようローエ殿が道を円環にしておられるのです。それを、ご本人がそのように仰せなのだとか」
「じゃあ、ちょっと入ってみても大丈夫ですね」
ケルドーが面白そうに口を挟んだ。ヴィトは笑い、
「道そのものは安全なのですが、いかんせん、ローエ殿がお気づきにならないことがあるらしいのです。3日もぐるぐる歩き回っていたら、呪いでなくても倒れてしまいますよ」
と言ったあと、心持ち声を低めて、
「その昔、ジルニトル殿が大森林をお訪ねになった時、5日も道に捕らわれておられたそうで…。ローエ殿の怠慢だとお怒りになったのが、おふたりの不仲の始まりという噂があったようです」
大学所蔵の古い日記に書き残されていた話を語って聞かせた。






アルドーが急に街道を外れ、森へ向かって駆け出した。
「兄貴のやつ、笑いが止まらなくなったんですよ」
後を追いながらケルドーがすっぱ抜く。顔を見合わせたハールとヴィトも早足で森へ向かった。できることなら、日が暮れる前にローエの家へ入ってしまいたかった。

「森の中へ踏み込めぬとすれば、ローエ殿の住まいは外から見える位置にありそうなものだが」
木と木のあいだを透かし見て探したものの、それらしい建物は見当たらない。陽光はますます弱くなり、森の中の見通しが悪くなった。闇に蝕まれるにつれ、森が隠していたものが動き出したような、不穏な気配を感じる。
「街道に戻りましょう」
ヴィトが言った。街道は森から逃れるように大きく迂回し、小さな丘の陰になって見えなくなっている。森に近づくよりも、いっそ、その丘に隠れて夜を過ごすほうがよいと思われた。
一行は街道に沿って進み、丘の裏側に回り込んだ。するとそこには石を積んで作られたポーチがあり、少し歪んだ木の扉が填まっていた。
「ここだったようですね」
無雑作に見えて緻密で美しい色合いを成している石積みを眺めながら、ヴィトがにっこり笑った。

ハールが扉を叩こうと近づいた時、いきなり扉が勢いよく開き、勢いあまって土の壁にぶつかり蝶番(ちょうつがい)が外れ、さらに古びて反り返った板が落ちた。
「おっと、なんてことだ」
土ぼこりの向こうから情けない声が上がった。 “ 荒れ谷 ” の亡者たちよりさらに時代がかったローブをまとった男が飛び出してきて、せかせかと屈んで板を拾い、なんとか元どおり嵌(は)め込もうとしている。どうやらハールたちには気づいていないらしい。
「ローエ殿か」
ハールが声をかけると、男は驚いて飛び上がった。あちこちすり切れたローブから垂れた糸に落葉や草の切れ端がからまり、男は植物を育む大地を模した道化のようにも見える。
「失礼、わたしはコルのハールと申す者。もし、あなたがデウィンのローエ殿であられるなら、助けていただきたくお願いに参りました」
「おお、あなたがハール王子か。風の噂で聞いていたよ」
意外にもあっさりと答えたローエは、ちょうど吹きすぎた風に丸い鼻をうごめかせた。彼の言う “ 風の噂 ” は本当に風から聞き取るのではないか、とハールは思った。

ローエは気さくに一行を招き入れた。部屋にはぐるりと木製の棚がめぐっていて、その上にはごちゃごちゃといろいろなものが載せてある。ヴィトは瓶に詰まった紫色の小さな花房に目を輝かせた。
「これは “ 天宮のしずく ” ですね。<エイル>だけが使えると聞いていましたが…」
「ああ、そのとおり。わしは摘んで溜めておくだけでな、リフィアが帰ってきたら使うじゃろ」
答えながら、ローエは客人に茶をふるまおうとしたが、ポットに入れる茶葉が見当たらないようすだった。きょろきょろするたびにほつれたローブがあちこちに引っかかり、時には道具や本をはたき落とす。
「あああ、 “ ろうそく茸 ” の瓶を壊してしまった」
派手な音を立てて割れた瓶を見下ろして、ローエは先刻より情けない声を出した。見かねたアルドーがお茶の支度を代わり、ハールはやっとローエと落ち着いて向かい合った。

 

 

 

 

くま 明日に続きます みずがめ座

※画像はフリー画像です