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物語の再掲のみ更新予約にて続けております。

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「昔はめずらしくはなかったのです」
ヴィトは周囲の亡霊たち、殊にボールドリク王に配慮して話しているらしい。


「 “ 呪術師 ” たちの研究で知られていたのはアルフでした。彼の本を読んでいれば “ 名を持たざる者 ” という言葉も自然と記憶します。ところが、アルフとカレヴィが対立していた “ 塔 ” の位置について、アルフの誤りが証明されてしまったため彼の功績は揺らぎ、その書物は一般には読まれなくなったのです。取って代わったカレヴィは…」
ヴィトはちらりと広間の入り口へ目をやり、
「カレヴィは研究対象が多すぎて、細部への目配りに欠けるところがあります。彼の書物だけでは学びが足りないのです」
辛(から)いことを言った。
「ですから、あれがイェルズではなく他の古い国の方なら、深い学びをなさっている方だと考えたでしょう。しかし、あの国にそうした姿勢があるとは思えません」
さらに辛くなったヴィトの言葉に、ケルドーが満面の笑みを浮かべた。

「では、あの御仁はいったいどこから…」
「イェルズには気をつけるがいい」
ハールの言葉をさえぎって、ボールドリクが口を挟んだ。
「あやつらに土地を与えるとは愚かにもほどがある。 “ 龍戦争 ” に正統な王が出陣しておれば、あやつらは今もドゥニアに入れはせなんだ」
死んだ王の姿が炎のように揺らいだ。ミーラントの沼底に沈む王冠のことを思い出したのだろう。

「しかし…いずれはドゥニア側へ取り込まねばならなかったのではありませんか」
ハールの問いかけを聞くや、王のまわりに立ちこめた闇がぱっとさざめいて消えた。王は、時を超えてめぐり会った愛妹の “ 形見 ” に本気で情を抱いているらしい。
「あやつらを取り込む、何ゆえか」
「イェルズは、ドゥニアと北の蛮族との障壁になっています」
ふたたび王の周囲の空気がさざめく。
「障壁とな。愚かな偽りの王のために、ドゥニア全体が欺かれておるとは」
「欺かれている…とは?」
問い返しながら、ハールはヴィトの表情に目を走らせた。しかし今のところ、彼にも王が何を言いたいのかつかめないらしい。

「では、あやつらはどこから現れた? 北の蛮族とアデリスのあいだに湧いて出たとでも申すのか。あやつらは北の蛮族そのものだ。蛮族同士の争いの果てに押し出され、ドゥニアに食い込もうとしておった」
やや色褪せながらも、生きているかのような王の顔が皮肉に歪んだ。




 

 

言われてみればもっともなことだったが、イェルズという国があり、アデリスを併呑して大きくなり、コルの通商を請け負っているのを、生まれた時から当然としているハールたちには意外な気がした。
ドゥニアの外にあったイェルズの姿を深く考えてみたことはなく、「流浪の民族」という曖昧な言葉をそのまま鵜呑みにしてきている。
「そうなのですか。ミーラントの北西に住むと聞く “ 石の民 ” 同様、ただドゥニア以外の民なのかと」
「 “ 石の民 ” か。あれらも利を得るに手段を選ばぬ者たちだが、ドゥニアの盛衰によらず、長きにわたって西の山脈にしがみついておる。むしろ我らよりも、その来し方ははっきりしておるやもしれぬ」
ボールドリクはちらりと笑った。エアランによる度を過ぎた侮辱を受ける前には、存外親しみやすい王だったのかもしれない、とハールは思った。

「 “ 石の民 ” はジアルデルとデウィンの戦争にも関わらずに済んだ。 “ 呪術師戦争 ” の折にスニルベオルの山脈(やまなみ)がフェルスを守ったように、西の山脈があれらの住処を古い戦から守った。しかし、北方の荒地は違う」
ハールは同意して頷いた。
深い森と峡谷で北の国アイシアと隔てられ、ドゥニアの東北にひろがる荒地は、古く強い種族の戦地のひとつであり、峡谷そのものが戦の爪痕とも言われる。
デウィンが人間を憐れんだ頃にはすでに無法地帯だったというその地で野蛮な暮らしをしている者たちは、デウィンの庇護を受けて文化を保ってきたドゥニアの民とは根本的に異なると、誰もが思っている。

「それだけではない」
ボールドリクは言葉を続けた。
「あの地には不穏な気配がある。 “ 大森林 ” も古く恐ろしい気配があるが、北の荒地の剣呑さはいくぶん生々しい」
「それはどういうことでしょう」
「 “ 呪術師 ” の一統は北方から現れたという言い伝えがある」
思わずハールはヴィトへ目をやった。それに気づいた亡者の王は、
「その学者も知るまい。フェルスの王家に伝わる話ゆえ、な」
と教えて、ふたたび小さく笑った。
「デウィン全体にひろがった熱病ではあったが、初めは北からであったと…。それが真なら、北の蛮族は “ 呪術師 ” と何らかのつながりがあるやもしれぬ」

死んだ王の言葉に、生者四人は互いの顔を見合わせた。
少し変わった言い回しだと思っただけのスヴィーウルの言葉も、 “ 呪術師 ” に影響されている可能性を考えると危険なものに思える。
「偽の王が位を奪うたび、言い伝えは消えてゆく。わしにしても、我が身内でなければ伝えはせなんだわ」
ボールドリクはそう言うと、勝ち誇ったような目をした。

 

 

 

 

くま 次回再掲は3月9日(土)になります みずがめ座

※画像はフリー画像です