▽▲▽▲ 現在、ブログ休暇中です▲▽▲▽

物語の再掲のみ更新予約にて続けております。

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マニンの背中の毛があらためてちりちりとふるえた。
「初めはそれしかわからなかった。それだけでも人間たちが恐れるには充分だったけどね。だが、エアルワルドの恐ろしさはそれだけじゃなかったのさ」
「恐ろしさ?」
「ああ、恐ろしさと言っていいだろうね。アイスリンの…というより、その息子の身辺に仕えた者はたいてい逃げ出したよ。姿形は他の子と同じように赤児だったが、エアルワルドの意識は急速に成長していったんだ。その方法というのがね…」
マニンはぐいと大きな顔をイェシリーに寄せ、抜け目のない小さな目でその緑の瞳を覗き込んだ。するとイェシリーは不意に現実からもぎ取られ、一瞬ののちに小暗い森の中に迷い込んでいた。


視界をさえぎるほどの大木が立ち並び、その先の苔むした倒木のほとりにひとりの男がたたずんでいる。着古した長衣はあちこちすり切れて糸が落葉をからめ、不思議な織物のように見えた。男は何かを警戒するかのように顔を上げ、あたりを窺った。柔和な顔に険しいしわが刻まれる。
なぜかイェシリーは彼を知っているような気になり、はっきりと頭に浮かばないその名を呼ぼうとしていた。その時、風もないのに、男の後ろで落葉が舞い上がった。大量に巻き上げられた落葉は人のような形を成して、渦巻きながら男に襲いかかる。イェシリーは悲鳴を上げたが、発したはずの声は聞こえなかった。男はふりむきざま、開いたてのひらで落葉の奔流を受け止め、はじき返した。


「見えたかい?」
マニンの声で、はっとイェシリーは目覚めた。いつのまにか眠りに落ちていたのだった。
「エアルワルドのやりかたを真似てみたんだ。ただ、あたしはあんたの夢を調べるつもりはなかったからね、あたしの夢だけを伝えたよ。まあ、“ 夢使い ”ほど上手くはいかないがね」
「今のは夢? 森の中で男の人が戦っていたわ。わたしはその人を知っているつもりだったけど、全然知らない人だった」
「ああ、それはローエだよ。“ 大森林 ”で会った時のあたしの記憶が紡いだ夢だ。だから、夢の中では知り合いのような気がしたのさ」
「ローエって“ 大森林 ” に住んでいるデウィンのこと? 彼は何と戦っていたの?」
「彼がなぜそこにいるのかは知ってるだろ。“ 呪われた者 ” と呼ばれる得体の知れない者を、森の奥深くに封じ込める役割を担ってるんだ。“ 呪われた者 ” もまた、古い古い時代の生き物じゃないかと思うよ。時に落葉の塊に至るまで、さまざまな形を取ってみせるところなんざ、そっくりだ」
早口でそこまで言うと、マニンは鼻を鳴らした。 


「話が逸れたね。エアルワルドは赤児のくせに今みたいな術が使えたんだ。いや、術を使うというより、あれは太古の生き物の本能だったのかもしれないね。無邪気に人を眠りに落とし、その夢に分け入ってはさまざまなことを学んでいった」
イェシリーは唇を歪めた。いきなり夢に巻き込まれただけでも薄気味悪く落ち着かない。まして、自分の側へ立ち入られるとしたら、耐えられないと思った。それを読み取ったように、
「塔に派遣された侍女や下男たちが逃げ出したのはそのせいさ。エアルワルドも赤児だったからね、容赦も加減もない。嘘もつけず、自分の思いが一面に共鳴している “ 夢 ” を読まれるなんて…」
マニンも鼻先にたっぷりとしわを寄せた。






「まさか…」
イェシリーは驚いて大声になった。
「まさか、マニンも眠らされて夢に入られたの?」
尊大なソルーシュでさえマニンには一目置いている。それほどの力を感じさせるマニンが赤児に屈したとは思えなかった。


「あたしだけじゃない、リフィアも夢を読まれた。魔法を使う者の秘密をね」
マニンは不機嫌そうに鼻をうごめかせ、
「自慢じゃないが、あたしは長く生きていろんなものを見てきた。あたしの夢を読むってことは、文書にも残ってない歴史を知るってことだ。その上…」
さらに鼻先に深い皺を刻んで続けた。
「エアルワルドは自分の “ 血 ” の夢を見て、すでに自分の身の上をよく知っていたんだ。あたしらは自分の中に力を見つけ、名をつけて使っているに過ぎないが、彼は…呼び覚まされた、古くて荒々しい “ 力そのもの ” だったよ。だからあたしもリフィアも、つながりを利用して逆に読み取ることはできなかった。ただ、太古のすさまじい脈動を感じただけだった」


「目に見えるものより目に見えぬもののほうが恐ろしい。形あるものは有限だが、形なきものは無限だからだ…ってこと?」
「ほ、ヨールンドの『警句』かい。あんたも大きくなったもんだ」
マニンはちらりと目を細め、それから表情をあらためて話を続けた。

「エアルワルドはあたしたちの夢から知識を得た。そして “ 母ならぬ母 ” の血筋、つまりフェルス王家のことも夢見たようだ。だから、あの子に後見人は要らなかった。すべてを夢で知ることができたんだからねぇ。 “ 少年王 ”と呼ばれても、摂政の話は伝わっていないだろう?」
「あ、そうね。確かに」
「アイスリンはもちろん、リフィアさえエアルワルドにはかなわなかった。 コルのアルドリドを王と定めたのも…」
言いさして、マニンは唐突に言葉を切った。


「え? コルってイェルズと戦った島のことよね。それが何?」
「何でもないよ」
マニンがまた総毛立っていることにイェシリーは気づいた。太い脚も首も、毛が逆立って頼りなく見える。
「ヒューギンのほうは終わらないのかい?」
マニンは急に話を変えた。
「ううん、こちらを待っててくれてるみたい」
細い金鎖のように自分とヒューギンをつないでいるものを強めようと、イェシリーは首にかけた小さな袋からリフィアゆずりの黄水晶を取り出した。そっと石の表面を撫でると、イェシリーの意識は水晶の音なき音を捉え、その透きとおる “ 空 ”を落下して 、はるか彼方にいる鷹の瞳へと飛び込んだ。
《遅かったな》
《長い話をしたの》
ヒューギンの中に押し込まれる感覚に耐えつつ、不機嫌な鷹をなだめようとしたイェシリーに向かい、
「状況はどうなってるんだい」
これまた苛立つマニンが急かしてきた。

 

 

 

 

くま 明日に続きます みずがめ座

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