最初に「おや?」と思ったのは
ピラミッド造営が奴隷による強制労働ではなく、
農閑期の民衆の収入保障のためのものだった
という説の浮上だった。
それまでの、
王侯は傲岸で世間知らずで権力争いばかり、
民衆からは税金をしぼり取るだけ…
というステレオタイプの権力者像は、
貴賤の差が大きかった古代社会においても
そのまま信じられるものではなかったわけで。
よく考えてみれば、当たり前の話。
ろくな食事も与えず、劣悪な環境に置いて、
痩せこけてふらふらの人間をいくらどついても
仕事なんか進むはずない。
きちんと働ける健康な農民を募り、
それなりの収入でやる気を出させたほうが
効率的に決まっている。
さらに、
この「奴隷像」自体がおかしいと気づいたのが
南北戦争を調べた時だった。
以前にも書いたかもしれないが、
奴隷というのは「買い取りした財産」なので
病気したり死んだりしたら丸損になる。
農耕馬や耕牛を考えるとわかりやすいと思う。
無駄に酷薄な人間でない限り、
効率的に働かせるためにはきちんと世話するし
一緒に過ごすうちには情だって湧く。
同じ人間を牛馬並みに考えることが
良いか悪いかはまた別の話で、
その点は古代から変わらず、
わざわざ栄養不良を起こさせたり
怪我をさせたりして、
「財産」を損ねる人は多くないはずだ。
では、迫害されるばかりの奴隷とは
どこから来た「イメージ」なのか。
もちろん、
敵国の捕虜などが奴隷とされた場合、
感情的に扱われたこともあっただろう。
犠牲を出さざるを得ない作業の際には
当然、奴隷が犠牲となっただろう。
牛馬を虐げた人間へ神罰下る昔話群は、
いつの時代、どこの社会にも阿呆はいて、
弱者を無駄に苦しめる可能性があること、
奴隷たちにも同じ不運があったことを
指し示しているとも思う。
しかしわたしは、
南北戦争で言えばむしろ北軍のほう、
産業革命により
家族的環境の手工業ですらなくなった
機械制大工場での労働が
いわゆる「奴隷」のイメージの
基になっているように思う。
つまり、
まさしくマルクスが見ていた時代の
労働者たち。
北部の工場=雇い人を求める企業は
「労働だけを買い取る」。
奴隷制のように(言葉は悪いが)
「生き物としてケアする」ことはない。
彼らの衣食住がどうあれ、健康がどうあれ、
資本家には無関係のことだった。
病気したら、
クビにして他を雇えばいいのだから。
こうした非人間的というか
非生物的な近代の状況こそ
生き物として扱われていない
奴隷の「イメージ」に通じていると思う。
だから逆さまだと思うのよ
※話の途中なのでコメ欄・リブログは閉めます。