《今までのお話》
世間から隔絶した “ 浮島 ” で育つイェシリーは、対象へ心をすべり込ませる術を用いて遠く離れたフェルス王国の状況を探っていた。目覚めぬ眠りに落ちた王の「スローヴティンが抜かれた」という言葉を知り、物言う豚マニンは激しく動揺する。イェシリーの後見であるソルーシュはマニンを問い詰めるが・・・
「あたしも “ 滅びた生き物 ” の末裔さ。エアルワルドに命を与えた者ほど古いものではないけどね」
マニンの言葉には、ソルーシュの言葉と同じほどのごまかしがある。イェシリーは少し哀しくなった。世間の家庭のことは知らなくとも、これほど謎と隠しごとに満ちた家庭が不自然であることくらい感じ取れる。
ソルーシュもまた、イェシリーとは異なる理由で豚の答えに満足することなく眉を吊り上げた。だが、その機先を制するように、
「何をもたらそうとしている、だって? あたしは黄水晶に喚ばれて来たんだよ。忘れてもらっちゃ困る」
マニンは皮肉な口調で言い、それから複雑な表情のイェシリーへ視線を移した。
「喚ばれる前、あたしはあちこちを流れ歩いていた。捕まえて晩飯にしようとする連中をからかいながらね。そして見たのさ…アイシアが前代未聞の悪意的な吹雪に見舞われ、北の蛮族がいつにない勢いでイェルズ国境を侵(おか)し、ミーラントでは沼地がざわめき、イェルズでは大公弟が別人のように変わってしまった。不吉な、暗いものがドゥニアにあふれ始めている。何かが起きようとしているんだよ」
マニンの顔からも言葉からも皮肉の色はすべて消えていた。
「世間が穏やかでないからこそ、リフィアの娘には<エイル>の技を学んで欲しかった。いくらだって必要になるからね。あたしが考えてたのはそんなとこさ」
言葉を切って、マニンは中空を見つめた。恐怖があらためて彼女を覆い、その姿にまで深い影を落とすかのようだった。
「海の色を見た時に気づくべきだったよ。スローヴティンが抜かれるとまでは思わなかった…」
「スローヴティンって何なの?」
やっと訊くことができると、イェシリーは早口で問うた。
「魔法を退けるほどの名剣さ」
思いのほかあっさりとマニンは答えた。しかしイェシリーが質問を重ねる前に続いた言葉は、連なるほどに重苦しさを増していった。
「王宮の奥深くにあると聞いていたんだがね…運命が動き出し、誰かをあの剣のもとまで導いたんだろう。あれほどの剣となれば偶然に世に出ることなどないものさ。つまり…」
部屋の中まですっと暗くなったような感じがした。
「スローヴティンでなければ収まらないような、恐ろしいことが起こる。いや、もう起こってるのかもしれないね…」
つづく
連載日は火・木・土です。次回は4日(木曜)になります。

《 お知らせ 》
プロローグ(~26まで)に続き、第1部[上](27~68まで)も電子出版サイトの「パブー」で1冊にまとめました。まとめて読みたいと思ってくださった方はこちら(外部リンク=パブー:渓美居堂の公開ページ)にて、もちろん無料でお読みいただけます。
また「固有名詞や登場人物の索引」と「第一部[上]までのあらすじ」は、当ブログ内に用意してあります。
索引ページはこちらへ、あらすじはこちらへどうぞ。
これからもよろしくお願いいたします。
世間から隔絶した “ 浮島 ” で育つイェシリーは、対象へ心をすべり込ませる術を用いて遠く離れたフェルス王国の状況を探っていた。目覚めぬ眠りに落ちた王の「スローヴティンが抜かれた」という言葉を知り、物言う豚マニンは激しく動揺する。イェシリーの後見であるソルーシュはマニンを問い詰めるが・・・
「あたしも “ 滅びた生き物 ” の末裔さ。エアルワルドに命を与えた者ほど古いものではないけどね」
マニンの言葉には、ソルーシュの言葉と同じほどのごまかしがある。イェシリーは少し哀しくなった。世間の家庭のことは知らなくとも、これほど謎と隠しごとに満ちた家庭が不自然であることくらい感じ取れる。
ソルーシュもまた、イェシリーとは異なる理由で豚の答えに満足することなく眉を吊り上げた。だが、その機先を制するように、
「何をもたらそうとしている、だって? あたしは黄水晶に喚ばれて来たんだよ。忘れてもらっちゃ困る」
マニンは皮肉な口調で言い、それから複雑な表情のイェシリーへ視線を移した。
「喚ばれる前、あたしはあちこちを流れ歩いていた。捕まえて晩飯にしようとする連中をからかいながらね。そして見たのさ…アイシアが前代未聞の悪意的な吹雪に見舞われ、北の蛮族がいつにない勢いでイェルズ国境を侵(おか)し、ミーラントでは沼地がざわめき、イェルズでは大公弟が別人のように変わってしまった。不吉な、暗いものがドゥニアにあふれ始めている。何かが起きようとしているんだよ」
マニンの顔からも言葉からも皮肉の色はすべて消えていた。
「世間が穏やかでないからこそ、リフィアの娘には<エイル>の技を学んで欲しかった。いくらだって必要になるからね。あたしが考えてたのはそんなとこさ」
言葉を切って、マニンは中空を見つめた。恐怖があらためて彼女を覆い、その姿にまで深い影を落とすかのようだった。
「海の色を見た時に気づくべきだったよ。スローヴティンが抜かれるとまでは思わなかった…」
「スローヴティンって何なの?」
やっと訊くことができると、イェシリーは早口で問うた。
「魔法を退けるほどの名剣さ」
思いのほかあっさりとマニンは答えた。しかしイェシリーが質問を重ねる前に続いた言葉は、連なるほどに重苦しさを増していった。
「王宮の奥深くにあると聞いていたんだがね…運命が動き出し、誰かをあの剣のもとまで導いたんだろう。あれほどの剣となれば偶然に世に出ることなどないものさ。つまり…」
部屋の中まですっと暗くなったような感じがした。
「スローヴティンでなければ収まらないような、恐ろしいことが起こる。いや、もう起こってるのかもしれないね…」
つづく
連載日は火・木・土です。次回は4日(木曜)になります。

《 お知らせ 》
プロローグ(~26まで)に続き、第1部[上](27~68まで)も電子出版サイトの「パブー」で1冊にまとめました。まとめて読みたいと思ってくださった方はこちら(外部リンク=パブー:渓美居堂の公開ページ)にて、もちろん無料でお読みいただけます。
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これからもよろしくお願いいたします。