『源氏物語』で光源氏が関係する女性の中に「末摘花(すえつむはな)」という姫がいる。

落ちぶれた宮家の姫で、彼女の行く末を案じる侍女に源氏も半ば引っかけられたような感じで興味を持ち、一夜をともにするものの、どうも楽しくない。しかもしばらくして顔を見たら、ガクゼンとするほどのブスだった。

末摘花とは《紅花》の古名で、姫の鼻が大きく赤いのに引っかけたあだ名である。貧乏な彼女は着るものもひどく、教養も中途半端でバランスが悪かった。

古代はだいたいどの国でも公的な学校というと専門的な高等教育を優秀な者だけ集めておこなうもので、通常の教育は家庭内で施すものだったから、家柄や貧富により知り得ることがまったく違った。末摘花も貧窮したために知識がばらばらになってしまったのだろうと思う。
<紅花と末摘花については過去記事「小満と七十二候・次候」へ>

そんな姫に困惑しながらも源氏は彼女を捨てることはせず、その生活を支えてやる。初めは同情心だけだったかもしれないが、そうこうするうちに彼女の人柄のよさがわかり、愛情を抱くようになるのである。

これぞ「色好み」。

洗練された手段や気の利いた言葉、それらだけではないとわたしは(そしてたぶん紫式部も)思う。
高価な贈り物をしたり、万人受けしそうなことを言ったりして満足しているうちは「半可通(はんかつう)」というものだろう。色好みとは「女を心から愛すること」に尽きる。女としてそう思う。

心から愛するというと、おひとりさまだけの純愛を指しそうだが、この場合の、わたしの考える「心から愛する」は少々意味が違う。

コーランの教えを遵守する本物のイスラム教徒は複数(最大4人)の妻を「平等に愛する」義務を課されている。その「平等」というのは本当にむずかしいという話で、面白い話を読んだことがある。

たとえば商用で出かけたとする。彼は4人の妻に愛情の証としてみやげものを買わねばならない(アラブの女性は物で愛を計るそうだ)が、全員同じものではN G。各々好みが違うから「平等」ではなくなるからだ。同じ値段で、各々の好みに合って喜ぶものを揃えねばならないのである。

平等に喜ばせる、これはかなりの難問である。これができるのは手間を惜しまず、各々の女を知る努力を重ね、それだけでは難行苦行になってしまうので、女が喜ぶのを喜べる男であること。そうして喜んでいるうちに顕れてくる女の長所を発見して、しあわせになっていける男でもあると思う。源氏にしても、末摘花にうんざりしてすぐ捨てていたら、彼女の実直さに心慰められることもなかっただろう。

愛なんて言葉を使うより「情の深さ」と言えばいいだろうか。


そういえば、紫式部の雇い主であり光源氏のモデルのひとりとも言われる藤原道長は、女性に対して「忠実人(まめびと)」であったとされている。

彼には正妻に当たる女性のほか、ひとりの妻しかいない。当時の結婚形態と彼の身分・権勢からすると非常に少ない。もちろん、当時のならいとして身の回りの女性とは関係があっただろうが、はっきりした形で関わった女性はふたりだけなのである。

ちなみに、当時は性的モラルがまったく現代とは違う。「道長と紫式部の関係」というキーワードで当ブログにもよくアクセスがあるが、当時の感覚なら「肉体関係があった」と思うのが普通だと断言する。

道長の娘・彰子は一条帝の「中宮(ちゅうぐう=正妃)」として後宮に入るが、そこには亡き道長の兄・道隆の娘である定子がもうひとりの正妃として存在している。というより、後発の彰子のために道長が正妃の座を無理やり作って割り込んだ形であった。
<くわしくは過去記事「藤原道長と平安の暮らし」へ>

形を整えても、天皇の寵愛を勝ち取れねば何にもならない。清少納言という平安きっての才女を側に控えさせた定子に対し、当時最新の仏教思想を物語に組み込むまでの学識を誇る紫式部は、彰子の周囲を上質なものとする上で大切な “ 武器 ” のひとつであった。その大事なキーパーソンと「契り」を交わしていないとは思えない。

当時、「男女が親しくなる」はイコール「肉体関係を結んでいる」であるという一面があった。気の利いた侍女で出世戦略の一部を任せようとか、大事な娘に付けてやろうとかいう場合、雇い主の男性は彼女を誘っておく。

現代ならば、ラテン系の男性を思い浮かべるとわかりやすいかもしれない。彼らは既婚者だろうが中年だろうが、とにかく女性がひとりでいたら声を掛けないと失礼だと考えている。平安の男女関係もそれに似て、親しい間柄・味方になるような女性には、一応お誘いをかけるのが礼儀だったのである。

ちなみに、紫式部は公式には「道長に部屋をノックされたが開けなかった」として、叩く音のたとえに使われる水鶏(くいな)になぞらえた歌を残しているが、得々として書きつけているあたり、たぶんその後、粘着質な彼女の “ 女の虚栄心 ” を満足させる結果を得たに違いない…とわたしは見ている(笑)。


長くなりすぎてまとめに至りませんでした。「半可通」に関して江戸期の色事のことも書きたいし、さらに続けます。



粘着質で面倒な女ってトコだけは
紫式部と一緒だと思う(笑)
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