13日-5

青ざめたアルドーとケルドーがハールに身を寄せた。いざとなればハールを守って戦うつもりらしい。額に汗を浮かべたハールがヴィトのようすを窺うと、意外にもヴィトは落ち着いていた。
カレヴィはそのようすに気づかないのか、
「あの地はファランと呼ばれていた。アストルの『失われし夢の譜』を知らぬのか。第二章三節に “ 灼ける地を見はるかすファランの丘 ” と書かれておろうが」
自慢げに言いながら、卑しいほど痛快そうな顔つきで身を乗り出してきた。時折からだから噴き上がる火花と目の奥の鬼火以外、古風な学者然としていたカレヴィだったが、生者を引き裂けそうな成り行きに夢中になるにつれ、あちこちの皮膚が曖昧になり、骨が透けて見えたり靄(もや)になったりして、亡者らしい様相になっている。横目で窺うハールには、ヴィトの瞳に一瞬、哀しみがよぎったように見えた。
深く息を吸うと、ヴィトは勁(つよ)く、
「先師よ、その説は覆されたのです」
と言った。カレヴィの全身からすさまじいばかりの火花が散ったが、ヴィトはかまわず続けた。
「アストルの記述には矛盾があるといわれていました。それを調べたオルバンが、アストルの書は創作を織り交ぜたものであることを突き止めた。もう100年ほど前から、『夢の譜』を典拠とすることはなくなりました。そして、正しい名前が見いだせなかったため、現在では “ 名もなき地 ” と呼ばれているのです」
「ばかな。それが、口から出まかせでない証拠がどこにある。そなたの言葉ひとつで信じるわけにはいかぬ」
わめくカレヴィをじっと見つめ、
「先師よ、学問は日に日に進みます。あなたとて、オーリンの説を覆したことがおありではないですか。己が知識にしがみついては学問は終わりです。アストルの矛盾をご存知でないはずはない。あなたほどの学者ならば、冷静にお考えになれば推し量ることができるはずです」
深い声音でヴィトは言った。ヴィトの真情は理解できるが、ハールの見るところ、カレヴィは冷静になるどころか意地になっていて、説得は無駄だと思われた。ところが、
「あなたがアルフと争った “ 呪術師の塔 ” の場所も、今ではその遺構が見つかり、あなたの説が正しいことが証明されたのですよ」
とヴィトが言ったとたん、カレヴィは飛び上がった。
「なんだと! やはりイェルズだったか。アデリスではなかったのだな」
「はい、イェルズです。アデリスではありませんでした」
ヴィトは妙にしつこく返答したが、カレヴィは気づかないようで、
「そうか、それはすでに定説になっているのか? あの愚かなアルフの説は消え去ったのだな?」
たたみかけるように訊ねた。
「はい、先師よ。すでに定説です。大学の教本にも載っています」
「これで10だ、カレヴィどの」
ハールが断固とした口調で宣言した。


つづく。


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