11日-2
「うちのばあちゃんが、こんな歌を歌ってたことがあるんですが」
ケルドーは目の鬼火をたぎらせるカレヴィではなく、ふり返ったヴィトに向かい、
「愚かなクニオル、純白のローブはまがい物、赤く染まりし死出の衣、道化に似合い」
早口で歌って聞かせた。思わずカレヴィが舌打ちをして、
「そんな歌があったのか」
とつぶやいたのが聞こえ、ヴィトはゆっくりとカレヴィのほうへ向き直った。
「いま、何とおっしゃいました」
ヴィトの声に、きわめて厳重な響きがこもった。
「学問の問答でないのはご自由です。しかし、問いかけの則(のり)は “ 知る由(よし)もない問いをせぬこと ” です。人はなぜ生き、なぜ死ぬのか、問われて答えられる者はいない。問答は規則がなければ成り立ちません。ボールドリク王の誓いも、それを踏まえたもののはず」
ハールはヴィトが心底から怒っているのを感じた。古今の学者を師としてきたヴィトにとって、師の裏切り行為は許せないものなのだろう。
「どれほど稀少なものであっても根拠があれば問えるが、問いかける者は、問われる者が知っておくべき根拠を知らぬまま問うてはならない。あなたほどの方にこれを言わねばなりませんか」
叱り飛ばされた愚かな生徒さながら、カレヴィが顔を背けるのへ、
「カレヴィどの。クニオルの衣服は、虚しくもデウィンの長を真似た純白のローブ。そして、すでに教えが語られているのではないかとの問いには、歌のみぞ残る。これが我らの答えだ。これで6つ」
ハールがびしりと言った。カレヴィはあわてたように顔を上げたが、反論はできなかった。苦いものを飲んだような表情で、カレヴィはいつのまにか現れた書物を手に次の問いを探す。
「やった、問いかけに詰まってますよ」
ケルドーがうれしそうにささやいた。ハールも口の端に笑みを刻み、頷き返した。
「そうだな…」
面白くなさそうにカレヴィは闇を見上げ、
「ボールドリク1世の剣はいずこまで及んだ」
と、どうでもよさげに問うた。あきらかに、ひと息入れるための問いかけだった。
「ヤムナハール303年、ヴァリスの一部となる “ 名もなき地 ” まで」
ヴィトもすらすらと答えた。
ところが、その答えを聞くなり、はっとカレヴィは目を見開き、まじまじとヴィトを見た。
「あの土地には名がある。ついにしくじったな、思い上がった若造め」
陰鬱な色あいのカレヴィの顔に、満面の笑みがひろがった。
つづく。

《 お知らせ 》
プロローグ(~26まで)に続き、第1部[上](27~68まで)も電子出版サイトの「パブー」で1冊にまとめました。まとめて読みたいと思ってくださった方はこちら(外部リンク=パブー:渓美居堂の公開ページ)にて、もちろん無料でお読みいただけます。
また「固有名詞や登場人物の索引」と「第一部[上]までのあらすじ」は、当ブログ内に用意してあります。
索引ページはこちらへ、あらすじはこちらへどうぞ。
これからもよろしくお願いいたします。
「うちのばあちゃんが、こんな歌を歌ってたことがあるんですが」
ケルドーは目の鬼火をたぎらせるカレヴィではなく、ふり返ったヴィトに向かい、
「愚かなクニオル、純白のローブはまがい物、赤く染まりし死出の衣、道化に似合い」
早口で歌って聞かせた。思わずカレヴィが舌打ちをして、
「そんな歌があったのか」
とつぶやいたのが聞こえ、ヴィトはゆっくりとカレヴィのほうへ向き直った。
「いま、何とおっしゃいました」
ヴィトの声に、きわめて厳重な響きがこもった。
「学問の問答でないのはご自由です。しかし、問いかけの則(のり)は “ 知る由(よし)もない問いをせぬこと ” です。人はなぜ生き、なぜ死ぬのか、問われて答えられる者はいない。問答は規則がなければ成り立ちません。ボールドリク王の誓いも、それを踏まえたもののはず」
ハールはヴィトが心底から怒っているのを感じた。古今の学者を師としてきたヴィトにとって、師の裏切り行為は許せないものなのだろう。
「どれほど稀少なものであっても根拠があれば問えるが、問いかける者は、問われる者が知っておくべき根拠を知らぬまま問うてはならない。あなたほどの方にこれを言わねばなりませんか」
叱り飛ばされた愚かな生徒さながら、カレヴィが顔を背けるのへ、
「カレヴィどの。クニオルの衣服は、虚しくもデウィンの長を真似た純白のローブ。そして、すでに教えが語られているのではないかとの問いには、歌のみぞ残る。これが我らの答えだ。これで6つ」
ハールがびしりと言った。カレヴィはあわてたように顔を上げたが、反論はできなかった。苦いものを飲んだような表情で、カレヴィはいつのまにか現れた書物を手に次の問いを探す。
「やった、問いかけに詰まってますよ」
ケルドーがうれしそうにささやいた。ハールも口の端に笑みを刻み、頷き返した。
「そうだな…」
面白くなさそうにカレヴィは闇を見上げ、
「ボールドリク1世の剣はいずこまで及んだ」
と、どうでもよさげに問うた。あきらかに、ひと息入れるための問いかけだった。
「ヤムナハール303年、ヴァリスの一部となる “ 名もなき地 ” まで」
ヴィトもすらすらと答えた。
ところが、その答えを聞くなり、はっとカレヴィは目を見開き、まじまじとヴィトを見た。
「あの土地には名がある。ついにしくじったな、思い上がった若造め」
陰鬱な色あいのカレヴィの顔に、満面の笑みがひろがった。
つづく。

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プロローグ(~26まで)に続き、第1部[上](27~68まで)も電子出版サイトの「パブー」で1冊にまとめました。まとめて読みたいと思ってくださった方はこちら(外部リンク=パブー:渓美居堂の公開ページ)にて、もちろん無料でお読みいただけます。
また「固有名詞や登場人物の索引」と「第一部[上]までのあらすじ」は、当ブログ内に用意してあります。
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これからもよろしくお願いいたします。