―ミーラントの悲劇を語る上で重要なのは、デウィンのことだろう。ジアルデルを追い落としたのち、彼らの中にジアルデル的な何かが生まれたようにも思われる。
もちろん、オルバン教授の主張するように、か弱い人間をスニルベオル山脈の南に置いてやり、自分たちのみで荒れ果てたドゥニアを回復しようとしたことは彼らの善良さを表しているであろう。
しかし、彼らとて何もかもを石のひと撫で、呪文のひとことだけで変えられるものではない。
アルフリクの理念をよそに、あわれな生き物同様の「手を使う」作業に嫌気が差す者が現れるのは時間の問題だった。むしろ不思議のわざへの思いが強くなったことで、ジアルデル同様、そのちからを存在の証明とし、劣ることを嫌うようになったと思われる。
そしてイメア輝石をめぐる騒動が起きるのである。―

イェシリーはいつものようにマニンと書物を読んでいた。
しかもその書物は、1年近くソルーシュと嫌味の応酬をした末、マニンが勝ち取った目新しいものだった。聞き慣れない言葉がたくさんある。頭の中を疑問符でいっぱいにしたイェシリーが口を開きかけた時、突然、部屋が激しく揺らいだ。
マニンの意見で置かれた机や椅子がなぎ倒され、小さな天幕付きの寝台までが床をすべる。寝台の脇に置かれた止まり木にいたヒューギンはあわてて飛び立ち、なんとか押しつぶされずに済んだ。イェシリーは豚の豊かな腹に半ば埋まって、彼女と一緒に壁まで吹っ飛んでいった。ふたりは瑠璃色の帳に突っ込み、はずみで外れた帳にくるまれたまま、今度は反対側の壁へ向かってすべった。
「何なの、いったい!」
マニンが怒声を張り上げるや否や、部屋は傾いたまま静止した。
たっぷりした布地から這い出たマニンはイェシリーの首根っこをくわえて引きずり出し、天井近くをばたばた飛び回っているヒューギンを睨みつけたあと、中庭へ向かった。
傾いた床に難渋し、イェシリーが這うようにしてあとに続くと、中庭には見たこともない光景がひろがっていた。開かれた扉からは白い牙を剥く波が押し寄せ、貴重な植物を海水が洗っている。凝然と立ちつくすソルーシュの足も流れ込む海水に浸っていた。
「何が起きたのよ」
マニンの声にふり返ったソルーシュの顔は、イェシリーのまったく知らないものだった。


つづく。


ペタしてね