― デウィンが「古紀」と呼ぶ太古、世には不思議なちからを持つ「古き者」が多くいた。我ら人間と同じ姿のもの、獣に似た姿のもの、龍や一角獣の類、人魚や半馬人のような不可思議な姿を持つもの、さらに形を持たぬもの、姿をとどめぬものもいた。
それら「古き者」のありようを思いめぐらすことができようか! 彼らを窺い知ることもならぬ人間など、部屋の片隅に這う虫に等しかった。
弱き者を慈しむ者と蔑む者が現れるのは世の習い。ここドゥニアでは人間をめぐって「古き者」デウィン族とジアルデル族の争いが起こった。
情け深きデウィン!
詩人はいまでもこう唱(うた)い讃える。対してジアルデルは身内のちから劣る者さえ嫌い、ましてや人間など、目ざわりな虫と同様、取り除くべきだと考えた。
やがて争いは激しくなり、人間には想像も及ばぬ大きな戦争に至った。
デウィンの暦では古紀2050年、恐るべきかな、海が干され大地が沈む戦がおこなわれたのだ!
はるか昔、「誰も語れぬ地」へ去ったという「さらに古き者」の最後の戦いにも匹敵する、恐ろしいものだったと、デウィン自らがのちに歌ったらしい。デウィンの末裔たる「塔の賢者」ジルニトルの書庫に歌詞のみが残されている。
デウィンに幸あれ! 敗れたジアルデルはこの地を追われた。
ジアルデルの故地は無慈悲な彼らにふさわしく戦で破壊しつくされ、やがて戻ってきた海水に沈んだ。イェルズと、あの不思議な島コルのあいだの海こそジアルデルの故地であり、海底に彼らのちからの粋を集めた祠アンファルオルが残っている、と言い伝えられている。―


「どうもオルバンの書いたものは好きになれないね。わざとらしいったらありゃしない」
イェシリーと一緒に書物を覗き込んでいたマニンが大きな鼻にたっぷりしわを寄せた。
「オルバンって?」
「これを書いた者の名だよ。フェルスの大学でふんぞり返っていたじいさま。もう、ずいぶん前に天宮へ帰ったみたいだけど」
「フェルスって?大学ってなに?」
イェシリーの矢継ぎ早な質問に目を細めたマニンのうしろから、
「相変わらずよけいな舌を叩いているな」
ソルーシュが言葉をはさんだ。言葉つきは憎々しいが、淡々と事実を述べているといった口調だった。


つづく。


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