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未来予想図

近い未来を言い当てることができると、人間、幸せに生きられるのじゃないか?というコンセプトのもと、いろいろ明るい未来について書きまくっています。

「勝者と敗者の時代」と言われて久しいが、一体いつからそのように言われてきたのか?と問われれば、それは恐らく1980年代初頭からであろう。つまり、高度成長が終わってしばらくしてから、ということである。

 

なんでそうなったのか?

 

簡単に言えば、高度成長という国の政策に黙って従っていれば良かった時代が、国民一人一人の自助努力の時代に移行した、ということである。

 

まあ、唐突に言われてもピンと来ないと思うので、掘り下げてみよう。

 

まずは、現在の103万の壁撤廃議論における、自民税調の宮沢が逆提案内容の解説を見たことがあるだろうか?

 

年収200万円までの世帯については、160万円の控除枠を設定とある。この場合、国の税収減は2000億円程度と高橋洋一氏が試算しているが、国民民主の一律178万円の場合の7兆円以上の減収と比較すると雲泥どころの差ではない。

 

このカラクリをひも解くためには、年収200万円の人間の全体に対する比率、各年収毎の税率などを知らなくてはならないが、容易に想像できることは、低年収の控除金額をどれだけ引き上げようとも、税収に対するインパクトは屁のツッパリにもならんほどない!ということ、そして、税収の基軸は消費税と高額所得者の所得税および法人税で大部分を賄っているということである。

 

2対8の法則からすると、低所得者は人口の8割であり、これがいわゆる負け組となる。政治は数の原則で支配されているから、当然178万円の控除を主張する国民民主への支持が優勢になるのは当たり前。一応彼らは税の原則論から国民一律178万円への控除枠を引き上げることを主張しているわけだが、恐らくどこかで自民案への妥協を迫られるのであろう、というのがアテクシの予測ライン。

 

ここから、色々と考察の幅を広げたいところであるが、今回は2極化時代がなぜ始まったのか?に焦点を絞ってみたい。後日、各方面への議論を展開してみようと考えている。

 

 

さて、高度成長期とはどういう時代だったか?というと、それはテレビ、冷蔵庫、洗濯機をひたすら世に供給する時代だった!ということだ。まあ、同時にインフラ整備の時代でもあったわけだが、こういった方面に投資し、それを生産する企業が時代をけん引していたのは紛れもない事実である。

 

60年代にこれらの商品(インフラも含めて)が一巡したあとに起こったのが、70年代のオイルショック、ドルショックであり、日本の経済成長率も鈍化傾向になったわけだが、80年代に入り、決定的なプラザ合意があって、いわゆる二極化時代が始まった。

 

結局、インフラ、生活家電など、何を作らなくてはならないのか?は自明な時代であった高度成長期は、頭を使うよりもひたすら働けば良かったわけであり、現代のように消費者が何を求めているのか?を調査しマーケティングする必要性がなかったのである。

 

今では死語になった?「ニッチ」という言葉も80年代には盛んに使われていて、基軸となる商品と商品の隙間を狙うのが常套手段的企画立案の切り口であった。

 

さて、高度成長期によって、国民総貧乏から二極化に向けて何が起こったか?というと、「人を使う人と人に使われる人」への分断である。言い換えれば、「自分でルールを決める人と決められたルールに従う人」という巨大な二つのグループができたわけだ。

 

ドラゴン桜というドラマがあったが、上記のことは阿部寛が上手く説明しているので、見て欲しい。ちなみに4月からの日曜劇場でシーズン3が放送されるそうだが、シーズン2までなら、現在アマゾンプライム会員なら追加料金なしに2005年版と2021年版を見ることができる。まあ、番組のエッセンスは偏差値30代のバカ学校が一年で東大現役合格者を排出する過程を描いているドラマだが、根底にある社会観が上記に述べたことである。

 

どんな人間が勝ち組になれるか?といえば、それはある意味単純で、起業をし、事業で儲ける側に立つか、そういう企業に入るとか官僚になる、ということなのだと思うが、多分それだけじゃないとは思う。

 

一例として、日本サッカー協会を挙げると、91年(?)にJリーグが発足するまで、協会は貧乏財団であった。お隣の韓国に勝てず、世界のお荷物であったアジア太平洋の予選地区すら勝ち上がることができなかったわけだが、2020年代に入った今、敵地ドイツに乗り込んでドイツ代表から勝利をもぎ取るまでになったのは、決してフロックとは言い切れない。

 

まあ、金さえあればすべての解決策に通じるとは断言できないが、金が無ければ代表選手を養成することも、国際試合を行うための海外渡航費用も捻出できないわけだから、他の施策と共に金を作るための施策は必須である。

 

では、どうやったのか?

 

簡単に言うと、全国のサッカー関係者、プレーヤーの組織化である。

 

プレーヤーは1種から4種までをクラス分けし、チーム単位で協会への登録制にし登録料、年会費などを徴収する。その見返りとして協会主催の大会への参加資格を与え、選手養成のためのコーチ養成セミナー実施など、を実施するわけ。

 

70年代の貧乏財団は、いまや他のどんな競技よりも財力を保有している。

 

もちろん、他にもさまざまな施策があったわけだが、「マネタイズ」という点に絞れば、結構参考になると思う。

 

話を元に戻すと、これからのバカな政治に左右されない人生を送るための、本格的な知識を身につけなければならない、ということである。

 

生存権議論を展開しても良いのだが、そんなことは政治の世界でやってもらった方がいいわけで、生活者としてはこれからの時代でどのようにすればガンガン稼ぐことができるのか?に目を向ける必要がある、ということだ。

 

まあ、残念ながら日教組にこのことを教えることができる人材は一人もいないわけだから、まずはどこにそんな知識の泉があるのかを探すところから始めるしかない。

 

10代の若い世代なら、とりあえず東大に入ればいいと阿部寛は言ってるわけだし、対して難しいことでもないらしいので、トライする価値はあると思う。

 

話は変わるが、最近知人から聞いた話だと、近年不登校児が増えているらしく、こういった生徒を集めて教育を施す商売があって、一人5万の費用がかかるらしい。不登校児を預かる事業を起こすにしても国とか地方からの認定とか登録が必要らしいが、不登校児を10人集めれば月額50万と結構な収益になるわけで、教員免許を持っている人でこの方面に興味がある人はじっくりと調べてみることをお勧めする。

 

 

皆様の成功を祈念して

 

 

 

合掌