クエンティイン・タランティーノ監督は、活動中のハリウッドの映像作家の中でも、人気・評価・話題性ともに秀でた存在である。
脚本に於いては、時にユーモアを伴いながら、人格の変貌や精神の暗部などを描き、迫力ある映像美とともに、圧倒的な娯楽性を誇る作品を作り続けている。
そして、『パルプフィクション』では、パルムドールを受賞した他、アカデミー脚本賞にも二度輝いている。
そのタランティーノの現在のところの最新作『ヘイトフル・エイト』。実はこの映画は、一度お蔵入りの憂き目にあっている。
タランティーノ自身により、制作の準備がされていた『ヘイトフル・エイト』であったが、彼が数人の関係者に渡した脚本の草稿が何者かによってリークされ、ネットに流出してしまう。
タランティーノは、容疑者をマザーファッキング・シックスと糾弾し、映画の制作を中止し、脚本を書籍として発表することとした。
そして、2014年4月19日、インディペンデント映画作家を支援するフィルム・インディペンデントを援助する為のチャリティーが行われ、朗読劇『ヘイトフル・エイト』が上演された。
タランティーノが脚本のト書を担当し、後に映画に出演する主要なキャストを含む有名俳優により、登場人物が演じられた。上演は、映画と演劇を混合した様なスタイル(ティムロス談)で行われた。
終演は、スタンディング・オベーションによって称えられ、「我々は顔を見合わせ、これで終わることは有り得ないと確信した」とサミュエルLジャクソンは語っている。
タランティーノは、即座に映画制作の再開を決意。彼は壇上で、『ヘイトフル・エイト』を撮るなら70mmしかないと口にしていた。35mmの倍ワイドな70mmは、1960代に活劇を中心に流行したものだ。1970年代からは、制作費や映画館の設備の問題から徐々に姿を消していってしまった。
さらに、タランティーノがチョイスしたのは、ウルトラ・パナビジョン70。通常の70mmよりさらに25%ワイドがアップするものである。
タランティーノは、他の監督達と協力し、フィルムメーカーのコダック社の救済活劇を行なってきたが、そのコダックが全面的に協力を申し出た。
また、フィルムの撮影機器メーカーのパナビジョンが撮影機器を提供し、より長尺なシーンが撮影できる様、機器の改造を行なった。
ウルトラ・パナビジョン70の使用により、ワイオミング(ロケ地は、ロッキー山脈)の広大な自然が見渡せ、室内では左右の壁が迫る様で、複数の登場人物の仔細な動きが同時に描かれ、舞台である装飾店にある多彩なセットも巧みに表現された。
映画は、一日の出来事が描かれおり、舞台の大部分は室内である。しかしながら、圧倒的なスケール感が迫る作品となっている。
主要な登場人物は八人だが、全員が凄まじい悪人。全員悪人と言えば、北野武監督の『アウトレイジ』が思い出されるが、悪人としての因業の深さ、スケールは大きく上回っている。
それらの登場人物が、駆け引きや探り合い、そして惨殺を繰り広げるのだが、『キルビル』の様なフィクションとして楽しめる作品ではまったくない。驚くほどの残虐さが、タランティーノならではのアクションとともに描かれている。
さらにそこには、黒人への差別、南北戦争の無情さ残酷さが白人黒人、南軍と北軍の相互の確執が深層に描かれている。
彼は、長い下積み時代を経て、アフロアメリカンの監督で、初めてメジャーなヒット作品を続けて発表したスパイクリーの『ジャングルフィーバー』で、カンヌ映画祭の助演男優賞を受賞して、大きく躍進を果たした俳優である。演じるのは悪人だが、アフロアメリカンの忿怒の歴史を情念を持って演じている。
対して、黒人を忌み嫌い大量虐殺した元将軍のイミダースをベテランの名優、ブルースダーンが演じるが、この二人の対立は、南北戦争の悲惨さ、相互の怨念の深さを浮き彫りにする。
音楽は、巨匠エンリコモリーネで、35年振りの西部劇を手掛け、アカデミー賞などを受賞。
美術は、寺山修司作品で映画界に入り、タランティーノ作品常連となった種田洋平が担当。
多くのスタッフと俳優により、憎悪のカオスともいうべき傑作は誕生したが、やはり注目すべきは、タランティーノの鬼才とも言うべき脚本家としての着眼と発想、そして映像の迫力であろう。
タランティーノ渾身の大傑作である。


