現在、日本経済新聞の最終面の『私の履歴書』というコーナーにアサヒビールの元会長、瀬戸雄三さんが登場されている。
瀬戸さんには、何度かお会いしたことがある。
もうその時には社長を退かれて会長になられてたと思うが、矍鑠としておられながら温和な雰囲気も醸し出される独特のオーラのある方だった。
実は瀬戸さんは若い頃、営業マンとして弊社を担当されていたそうで、祖父にかなりきつく怒られたりしていたらしい。それもこれも時間がたつと懐かしい思い出になるもんです。
弊社に来られた時も、まだ祖父が健在なときだったので、祖父の手を握って『いやぁ、あの頃はホントにお世話になりました。よく怒られましたけどね』とニコニコしながらおっしゃってたのが印象に残っている。
祖父はガチガチのアサヒファンで、自宅で飲むビールもアサヒビール以外は飲まなかった。社員がキリンなんか飲もうもんなら怒鳴りつけてたくらい。当然売るのもアサヒビール中心で、実際のところ弊社内のシェアは80%くらいあったんじゃないかと思う。子供のころの記憶で、アサヒビール以外のビールを見たことないもの。
そんな社長がガチガチのファンの会社を担当するのは逆に辛いかもしれない。『可愛さ余って憎さ百倍』ってことになりかねないもんね。
父もその影響か、というか母の父(つまり私の母方の祖父)がアサヒビールの社員で『参与』とかいう肩書までもらって80歳すぎくらいまで営業してたような人だから、そっちの影響もあるんだろうけど、アサヒビールばっかりだった。
母方の祖父は、中村朝一といって、もう20年くらい前に亡くなっているので、アサヒの社員でも45歳以下の人たちは知らないだろうが、60年間大阪で営業をしたとかって表彰されたり新聞に載ったり新人研修の冊子に載ったりしていたのだ。
その中村朝一は瀬戸さんの先輩にあたり、すごく可愛がっていたようなので、瀬戸さんは母のことも若い頃から知っていて、「ふみさんは昔からキレイだったから」とかおっしゃってたのを思い出す。何十年も前の印象で話されてたんだろうけど。
もうほとんど家族ぐるみみたいな関係だった。
営業マンと酒屋との関係が(もちろん酒屋に限らずどんな業種でもだけど)一生続けられるような、そんな関係だったらいいなと思うし、瀬戸さんと祖父、父母の関係は少し羨ましくもあったのだ。
いまちょうど連載中なので、機会があれば読んでみてください。