2001年10月6日、地元の大きな期待を集めて、「只見線C11復活の日」初日を迎えました。
当時の運行は、6・8日が会津若松~会津川口間、7日が会津若松~只見間で運行されました。列車名は「SL&DL会津只見号」
この時は会津川口と只見に残っていた転車台は未整備だったので、上り会津若松行きはDE101124牽引されました。
KNさんは6・7日に撮影なさっています。本日は6日の写真と翌日の新聞記事を紹介。次回は7日の只見まで運行されたのを撮影した写真と「YT先輩」が撮影された動画を紹介させていただきます。
1、C11325 9425レ「SL&DL会津只見号」塔寺~会津坂本。

試運転の時も撮った、七折峠近くの跨線橋です。ここは両側から木が張り出しているので、晴れると木々の影落ちが激しいです。
2、C11325 9425レ「SL&DL会津只見号」会津宮下~早戸「第三只見川橋梁」。

試運転の時よりも煙りの出は良いようです。
3、6日は会津川口で引き返し、ここからはDE101124が牽引です。

DE101124は郡山所属ですが会津若松配備で、只見線などの工臨等が主な任務。
この写真の10年後になりますが、東日本大震災の後に磐越西線経由で運行された「緊急燃料輸送列車」初運行の際、DD51×2牽引の輸送列車が雪と線路の錆で空転・立往生。その際会津若松から駆け付け後押しし。JR貨物とJR東の協力で実現した「燃料輸送列車」の話が有名です。
4、DE101124 9428レ「SL&DL会津只見号」会津中川~会津水沼。

会津中川駅をすぎて間もなくの築堤を行くDE101124牽引の列車。
当日の撮影は以上で終了でしたが、翌日の新聞報道も熱かったです。
※福島民報 2001年10月7日。

※福島民友 2001年10月7日。

※朝日 2001年10月7日。

27年ぶりのSL運行で熱く燃え上がった奥会津。翌日、只見までの運行の様子と「YT先輩」撮影の動画(既報)は次回の紹介です。