徐々に復興が進んでいる「常磐線」福島県浜通り区間。10月21日の土曜日に竜田~富岡間が運転再開されました。
私は、21日に行こうか悩みましたが、「SLばんえつ物語号」を優先した形になって、常磐線には行けませんでした。
24日の休みは天気予報でも晴れだったので、一日2往復運行されている651系を撮影する形で、再開された部分の記録&記憶に向かいました。
ご存じの方も多いとは思いますが、福島県の地形と常磐線の現状をおさらいします。
福島県は大きく3地区に分けられます。
太平洋沿岸の「浜通り」
東北線や国道4号線に沿った「中通り」
雪深く、会津藩のように歴史に彩られた「会津」
これらの3地区はそれぞれ「阿武隈山地」と「奥羽山脈」で分けられるため独自の風土や文化を作って来ました。
常磐線が通っているのはその太平洋岸の「浜通り」です。
この常磐線、東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所(ⅠF)事故の影響で「いわき以北」が特に大きな損害を受けました。それも順次再開されましたが、ⅠF付近「竜田~原ノ町間」の放射線の影響が特に深刻で、再開が遅れておりました。
その区間は、南と北の両面から徐々に整備が進められ、今までに「いわき~竜田間」「浪江~原ノ町間」が再開しました。残るは竜田~浪江間の特に線量が高い地区のみになりました。
その中でも比較的線量が低く「避難解除準備区域」の竜田~富岡間6.9kmが今回再開通になりました。
富岡駅は津波被害で駅舎が流された関係で駅前も含めて整備、100m程北側に新駅舎が建設されました。
「天気が良い=青空の下、夕筋の太平洋バックを行を651系」をイメージして行ったのですが、残念ながら6号線をいわき方面に向けて走るとドン曇り
午前中にまず夕筋での撮影を予定して向かいましたが、途中で撮影地見直し。今回再開された区間を最初の撮影地に選定する事にしました。
それで向かったのは、浜通りらしいですが、ある意味問題の地です。
1、651系K205編成。 いわき発富岡行き673M 竜田~富岡。

福島県民でもこの光景ご存じの方は少ないかも…。
後ろに見える煙突……この地を象徴する「東京電力福島第二原子力発電所(ⅡF)」のものです。そしてその左側に少しだけ見える四角の建物が「4号機原子炉建屋」でその右側にほんの少し「3号機」も見えます。
1Fと違って2Fは常磐線のすぐ脇に位置しています。後ろにあった家はもぬけの殻で、外枠しか残っていません。その隣には捨てられた軽乗用車2台、タイヤの空気がない状態で置かれ、あの日から時間が止まったままです。
常磐線とⅡFの間は汚染土の貯蔵地整備なのかダンプなどが行き交って大きな音を立てていました。
2、そんななか「ナンテン」が赤い実を着けていました。

651系にピンを持っていき撮影しました。
常磐線いわき~富岡間はほとんどがE531系で運行されていますが、午前と午後の2往復のみ651系での運行になっています。
かつては「スーパーひたち」“タキシードボディーのすごいヤツ”の合言葉で常磐線の華として活躍した651系。一部は上越へ、また一部は「伊豆クレイル」として去って行きました。
勝田に残った付属編成が、いわき以北の普通列車として「スーパーひたち」として走った思い出の地で7月から余生を送ることとなりました。
以前は415系1500番台で運行されていましたが、昨年すべてE531系に入れ替えされました。
3、E531系 671M。

この時はナンテンとⅡFの煙突を絡めて撮りました。
今日は常磐線の現状を含めて字数が多い記事になってしまいました。
次回からは、字数を少なくしようと思っていますが……。
次回は富岡駅で撮った672Mの様子をお届けします。