『485系国鉄特急色仙台車A1A2編成』
この列車がまもなく消えようとしています。
これはただ単に1編成が消えるという事ではなく、1964年(昭和39年)に北陸本線で「雷鳥」「しらさぎ」で誕生した481系に始まる、
「国鉄交直両用特急電車」
が日本国内から消えることを意味します。
しいては1958年(昭和33年)特急「こだま」用の20系電車(のちに151系に)登場に際し、クリーム4号地に対して窓部分に赤2号を巻いたデザインを採用。この後に続く特急系電車と気動車に採用されることとなった伝統の「国鉄特急色」がほぼ消える(豊田の189系M51編成は残っていますが)事を意味します。
東北地区では、1965年(昭和40年)10月に483系「やまびこ」「ひばり」として誕生した東北特急の流れを汲む485系…。これがついに消えてしまう。
あまりの突然の事で、書きたいことは山ほどあるのに、何から書いていいのか思い浮かばないのです。
話し出したら、1年間でも話題が尽きない!
そんな風にも思いますが、頑張って頭の中を整理しながら、
「485系国鉄色の思い出を綴る」
そんなシリーズの書庫を立ち上げます。
私の懐古趣味のはけ口となり、再掲載の写真も多々出てくるかとも思いますが、末永くお付き合いいただければ、幸いと思います。
その485系仙台車A1A2編成は、4月29日から5月8日までのGW期間中「春の会津ふるさと号」として久々に郡山~会津若松間を運行されています。
そちらもできる限り撮影に出向きたいと考えております。
本日は「485系国鉄色の思い出を綴る」のスタートとしてこんな1枚を取り上げます。
2015年4月4日「快速あいづ6号」

この写真は、100kmあまりで走行している車内をイカヅチさんが撮影されたものです。
私を中心に左に「DIVERTIRE No.11さん」、右に「フォレストさん」
私たちの仲間を繋ぐ1枚の写真になっています。
私たち仲間を繋いでくれたのもこの485系A1A2編成でした。そんな意味でもこのシリーズスタートに「この写真はふさわしい」と考え掲載することにしました。