定期583系「あけぼの」は、はたして存在したのか? | cavacho☆彡“きゃばちょこ”です。

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 本日より、私の膨大な数の鉄道書物の中から私の記憶を鮮明化したり、疑問点を解決すべく、My鉄道ライブラリーを紐解くコーナーをスタートいたします。書庫は「My鉄道ライブラリー」となります。
 その第1回目は12月29日に「あけぼの81号」が運行され、1月3日「あけぼの82号」が583系秋田車によって運行される583系「あけぼの」について、
①「定期583系あけぼの」は、はたして存在したのか?という疑問を自分なりに紐解いてみます。
 
  合わせて、かつて撮影した自分の写真での疑問、
20系時代の「あけぼの」は、
②「板谷峠区間ではEF71単機牽引ということになっていましたが、私の「あけぼの」の写真はEF71&ED78の重連牽引なっています。それはなぜなのか?」という疑問。
 
また別のレポート等で、
③「あけぼの板谷峠をED78重連牽引」と私の写真と違っている記述があるのはなぜ?という疑問。
 
 この3つの疑問をMy鉄道ライブラリーの中から解決するヒントを探りだし自分なりに考察してみたいと思います。
 
①「定期583系あけぼのはかつて存在した事があるのか?」
 今回の多客臨583系「あけぼの」の運行で、あけぼの幕(ステッカーではあるが)がついて「かつてのあけぼの幕と少し違う。」という意見を耳にしました。しかし、私の記憶の中では、「あけぼの」はあくまで客車寝台特急で、「583系あけぼの」というのはまったく知りませんでした。ですから、この主張をした方は24系のトレインマークと比べてお話ししているのか?という風にも思いましたが、別の方から「583系あけぼの」はかつて確かに存在したという話も聞きまして、ますます疑問点が湧いてきました。
 
 ポイントは、今回の「あけぼの81・82号」は多客臨であって、リバイバルではない事。
かつて存在したという「583系あけぼの」もまた定期「あけぼの」ではなく、多客臨の「81・82号」であったという事です。
 それでは、本当に定期「あけぼの」に583系はまったく使用されなかったのか?次なる疑問が湧きました。
 そのような事から、「583系定期あけぼの」が存在したかを詳しく調べてみました。
 
 ついに見つけました。これが「定期あけぼの」を伝える記事です。
イメージ 1
「鉄道ファン1988年6月号通巻326号P56~63.3.13移り変わりのすべて 青函連絡船→青函トンネル、文・写真=伊藤久巳氏」より
 
 「定期あけぼの2号」の写真が収められています。まさに「定期あけぼの」が存在した動かぬ証拠です。
その記事のなかで興味深い一文を見つけました。
『今改正ではブルトレの系統変更にともない編成の大幅改編が実施されるため、とくにその拠点となる青森(転)においては上下列車折り返し着発間合い以外にも編成組み換え時間の確保が要求される。そこで本来ブルトレで運転される列車を一部583系に車種変更し対処することになり、この11日青森発‘ゆうづる4号’と秋田発‘あけぼの2号’がそれぞれ4レ・1002レではなく、9004M・9002Mとして運転される(翌12日上野発5レ・1005レのスジを9015M・9005Mとして折り返し)14時20分秋田から9002M‘あけぼの2号’となる回9612Mが583系用新前面愛称幕を掲げて青森を後にし、(以下略)』
 
 つまり、青函トンネル開通に伴い新たなブルートレイン「北斗星」誕生の為、「客車特急ゆうづるの廃止」に伴う車両運用の関係から、たった1往復だけ「定期583系あけぼの」が存在したのでした。その意味では定期ではなく臨時扱いかもしれませんが、この記事では定期運行の代走という表現になっています。しかもこの時初めて「583系あけぼの幕が誕生した」とも記されています。
 その後、「定期583系あけぼの」の運行は実績がなく、何度か多客臨「あけぼの81・82号」としての運行になったわけです。
 
 ②20系「あけぼの」板谷峠牽引機は「EF71単機牽引」となっているが、私の写真ではEF71&ED78重連になっているのはなぜか?
 
 私が1972年に福島駅で撮影した「あけぼの」写真です…福島はED75→EF71&ED78へ機関車交換の為の運転停車です。
 
 「あけぼの12号車・ナハネフ22」乗務員さんにお願いして消灯してあったトレインマークを点けてもらいました。
イメージ 2
 当時の私の技術&写真状態が良くない為、見苦しい写真である事をお許しください。
 
 黒磯から牽引したED75が切り離されます。イメージ 3
 ED75の切り離し作業中の様子です。
 
ナハネフ22の前にEF71-3、ED78-8が連結されました。
イメージ 4
 この写真では見えにくいですが、前補機にED78-8が連結されています。
 
 この日連結された2機の機番表示です。EF71-3
イメージ 5
 
 ED78-8
イメージ 6
 
 EF71単機のはずがなぜED78との重連になったのか?の疑問に答えてくれたのは
鉄道ジャーナル別冊「青い流れ星ブルートレイン」です。
私の疑問を解決してくれた記事がこれです。
イメージ 7
鉄道ジャーナル別冊「青い流れ星ブルー★トレイン・1978年8月2日発行、35ページOLDIES BUT GOODIES・文=三浦衛氏、カメラ=沖勝則氏より」
 
 この記事の中で興味深い内容を見つけました。
『「サードランナーED78 7+EF71 3」
「アっと驚く為五郎!」なつかしいフレーズが、思わず口から飛び出した。なんと、サードランナーは重連なのだ。
〈あけぼの〉1001レ~1004レ10・11号車は11月から当分の間欠車(cavacho☆彡注:私が撮影した時も欠車でした。)、福島ー米沢間における空転事故に伴う牽引定数変更の為〈運転局列車課497 52.10.24)増結の場合、福島ー山形間補機使用
 (中略)
詳しい事情はわからないが、地元の福島機関区の話ではこれまた当分の間、〈あけぼの〉は上下とも前補機つきとのこと、補機がED78のときもEF71のときもあるという』
 
 つまり牽引定数変更の為、増結に関係なく常に重連で運転されていたのでした。ですので、私が撮影した時もEF71とED78の重連であったことに納得が云った訳です。
 
③「あけぼの」はEF71中心の重連のはずなのに、ED78重連という記事があるのか?
との疑問には、興味深い記事が鉄道ファンにありました。
イメージ 8
 「鉄道ファン1980年12月号通巻236号・ED78増備車登場・文=佐藤芳彦氏」より
 
 その記事には、このように記されています。
『東京ー秋田間の寝台特急‘あけぼの’は20系客車をしようしていたが新製以来20年を経過し各部の老朽化が進み、陳腐化した為、55-10ダイヤ改正から24系寝台車に置き換える事となった。しかし、24系は20系に比べアコモデーションの相違により重量が大きく福島-米沢間の急勾配区間での牽引力アップが必要になった。そのため、昭和54年度2次債でED78形を2両〈12・13号〉増備し、‘あけぼの’をED78形重連で牽引することになった』
 
 それまで20系時代にEF71を中心に臨時的に重連牽引になっていた為、EF71&ED78の重連が存在していたのが、この時からED78重連として定期運用になったんですね。
 
 このED78-12つららよけプロテクターがついて厳ついですね。でもこの後、視認性が悪いという事で取り外されてしまうんですよね。
 
 この号の表紙はこのED78-12が飾っており、福島機関区所属の真っ赤な電気が大好きな私にはとても嬉しい表紙でした。
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 鉄道ファン1980年12月号表紙「前面のつららよけもりりしいED78増備車・写真:編集部(Ma)」
 
 今日は、「あけぼの」を紐解く記事でした。このようにライブラリーを紐解くと新たな発見があってとて楽しいものですね 
 これからも、いろいろな経験から、今になって思う疑問点についてや記憶を呼び戻す糧とするため、私のライブラリーを通して数々の疑問を紐解いて行きたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。
 
 
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