「お母さん、ありがとう。」
夫からのいきなりの感謝の言葉。
まあ、私はあなたのお母さんじゃないけれど。
今思えばヒントは彼は風呂上りだったこと。
それに気づかなかった私は
頭の中に「何?」が駆け巡る。
・風呂のマットを新しくして以前のやつを
カットしてごみにしたことかな。
・風呂の後始末用のタオルを新しくしたことかな。
・神棚の米と塩を交換したことかな。
・洗面所のごみ受けのスポンジを交換したことかな。
・物置を片付けたことかな。
・観葉植物を片付けたことかな。
・玄関掃除したことかな。
・床掃除をしたことかな。
答えはいずれでもなく、
「夫の体重が目標値の壁を越えたこと。」だった。
夫は風呂上りに体重を量ることをルーチンとしていた。
あくまで目標値ではなく、今まで到達していなかった数字
ということで一つの壁なのですが。
「良かったですね。これからが又スタートですよ。」
素直に一緒に喜び合うことは無理としても、
私としては精いっぱいの賛辞とはなむけの言葉でした。
前日わりと多めに家事(上記の・・達)をしたためそれらへの
賛辞ではなかったことにやっぱりこの人はこの人だ
と思いながら。
食事に関しては「時間栄養学」というものを知り、
取り敢えず、朝昼はたんぱく質などを多めにするかあ
位の変更をしていた。
これが結構大変で、昼の弁当にもう一品たんぱく質と野菜を投入、
その分やや糖質(ごはんですね)も量を減らしていた。
効果があると信じていながら
効果があらわれるのは非常にスローペースであることに
努力パ(投入努力のパフォーマンスにたいする効果)が悪いと
ちょームカついていた。
『私がこんだけ○○しているのに、気づくことなく
=感謝せず、普通に無駄なカロリー摂取(おやつなど)をしている』
とキレる時(口には出していない)も数回あったが。
【この人が気づかない】のは致命的だが悪気がない、資質だ。
と思い直しながら淡々と食事を作っていた。
相手の反応は良くても悪くても無くても
受け止めて一旦横に置いておく。
相手がどうあろうと左右されない。
相手に合わせる必要がないということは、
私を決めるのは私自身だと強く確認する。
行動したら自分が気持ちよく自分が満足するから
そう行動する。
家族になる最初で失敗したのか、
家族としてやっていくうちに作用したのか、わからんけど。
現在がこうならそうだと自覚するしかない。