続々々:苦楽をともにするミスドのオーナーの物語
てるさんです。3回目の更新です。
えんえんとミスドの広告で引っ張りましたが最終回です。
初めてこの記事を読まれる方はぜひ、1回目の記事から順に新しく読んでいただけたらうれしいです。
若いアルバイトさんたちみんなで頑張った飲茶キャンペーン。
その時はひよこのように見えた彼らもキャンペーンが終わる頃には、
「やれば出来る!」と話しているのを聞いた時には、
思わず涙が出てしまいました。
---大久保ショップオーナー
毎夜10時頃、飲茶セットを注文される男性のかた。
この日は5~6人のお連れと共に来店。
そして「東京からの単身赴任で来ていたのですが、
明日帰ることになりました。今日は私の送別会なんです」
「いつも仕事帰りに寄っていましたが、
ホッとできるいいお店でした。今までありがとう」と。
お客さまの心からの言葉で私は感動し、
アルバイトさんたちは目を潤ませていました。
---金山ショップオーナー
現在の8店目になるまでの、20年余り。
それぞれの店は小さいですが、
社員をはじめアルバイトさんまで、
人と人との関わりの多さには驚くほどです。
これがミスタードーナツの魅力であり、素晴らしさであり、
何にも変えがたいこの事業を営む者の誇りであると思います。
---三島広小路ショップオーナー
時期尚早という調査結果を押し切ってのオープン。
3年間の赤字も乗り越え
おかげさまで、今では当時の苦労が、
懐かしくさえ思えるくらいになりました。
---秋田ショップオーナー
アメリカンコーヒーを注文して、フラッとそのまま外へ。
5~6時間たってやっと帰って来られて
「俺のコーヒーがない!」。
ずいぶんマイペースなお客さまに、
全員あっけにとられながらも笑っていました。
---横浜白楽ショップオーナー
職人気質なアルバイトさんだったのか。
「油の温度はいま何度かな?」と聞いたところ、
指を油の中に入れてしまうからビックリ。
(幸い、火傷もせずにホッでした)
---岐阜市役所ショップオーナー
「あれ?ドーナツが開いている」
「水もガスもないのに」
2人のご婦人が店に入ろうとした時、
数人の女子高生が
「バンザーイ!ドーナツが開いている!」と
嬉しそうに叫んだ。
あの地震から1カ月後のある日のことでした。
---芦屋ショップオーナー
半額セール実施中。製造が追いつかず
一時は休店かと思っていたときに
ハニーディップができたので、
喜び勇んで運ぼうとしたら…
手を滑らし全部落としてしまったのです。
あの時は一生懸命つくったキッチンの人たちに、
本当に申し訳なかったです。
---福岡中洲ショップオーナー
昭和48年当時。
おばあちゃんがお店に来られて
”穴のあいたアンパンおくれ”と言われ、
アルバイトさんは目を白黒。
今の若い人には信じられない話しですよね。
---福井ピアショップオーナー
サラリーマンから独立を思い立った31歳の時。
オレンジ色したお菓子のように可愛い、
第1号店の箕面ショップ。
そこで食べた、まさにアメリカという感じのドーナツと
アメリカンコーヒーの味が忘れられなく、
またそれが、私のミスタードーナツ出店のきっかけになったのでした。
そう今から25年前のことです。
---金沢文庫ショップオーナー
ふう、以上です。
これを大手フランチャイズのミスタードーナツが日経流通新聞という大手業界紙で大金を投じた見開き広告と見ると得るところはありません。
でも、規模の大小を問わず、地域の飲食店、美容室、旅館などさまざまな業界で、○周年という節目のときに、働いているスタッフ、円満に辞めていったスタッフなどが、思い出を語り、編集して、読み物としてニュースレターを送るとお客さまがよるファンになってくれそうですよね。
