0-2。
数字だけを見れば「完敗」ということになるのだろう。
しかし、一夜明けた今になっても、そうは思えない。
ヴィッセルには、十分すぎるほどの勝機はあった。
しかし、それを活かすための「形」を持っていなかった。
と同時に、この試合はヴィッセルが解決しなければならない問題点を、顕在化させた試合だったように思う。
今回の項では、その辺りから話を始めたい。
広島のサッカーは、極めてシンプルだった。
フォーメーションはオーソドックスな4-4-2。
全体をリトリートさせた上で、自陣で4-4のブロックを形成。
ボールを奪った段では、前線の2トップにシンプルにボールを入れる。
これだけである。
もちろん細かなところでは多少の取り決めもあるだろうが、基本的な部分では2列目以降の4-4の距離感だけに留意しながらプレーしていた。
このサッカーはシンプルであるが故に、全く迷いがない。
それが奏功し、現在は首位を独走している。
こうしたシンプルかつオーソドックスなチームは、得てして堅牢なものだ。
破る隙は十分ありそうに見えるのだが、その実なかなか打ち破ることができない。
広島のサッカーで鍵を握っているのは、守備面ではボランチの青山敏弘とGKの林卓人だ。
前に出ることなく、ゴールライン上で守る林の守備を活かすスタイルともいえる。
その林の前で形成されたブロックの距離感を統率しているのが青山という形だ。
さらにもう一点特徴的なのは、前線の動きだ。
この試合ではパトリックと渡大生の2トップでスタートしたが、エースであるパトリックの体力を温存するために、最初から飛ばしていったのは渡だった。
試合序盤は様子を窺っている感じが見られたが、ヴィッセルのボール回しが後方から始まるのを確認してからは、渡が最終ラインに対して執拗にプレッシャーをかけ始めた。
この試合では、ここでペースを狂わされたため、そこから広島が前に出てくるようになった。
もし、ここでヴィッセルのパス回しが渡をいなしていたとすれば、広島の守備は前に出てくることはなかったのだろう。
いわば斥候の役割を渡が担い、それに応じて守備の高さを決めてきた。
重ねて言うが、広島のサッカーは特徴的ではあるが、決して珍しいものではない。
ヴィッセルの選手にとっても、これは想定内だった筈だ。
ここで問題となるのは、ヴィッセルのビルドアップだ。
この試合におけるヴィッセルのポゼッション率は、64%にも達している。
広島の選手にとっては、殆どの時間帯でヴィッセルにボールを握られていた印象だろう。
しかしヴィッセルの攻撃が脅威だったかといえば、試合終盤を除けば、怖さはなかったのではないだろうか。
これだけボールを握りながら、怖さを与えられなかった理由がビルドアップの拙さにあった。
ビルドアップ時に大事なことは、ボールホルダー以外の選手が動き、相手の動きを外していくということにある。
極端にいえば、相手を置き去りにすることで、数的優位を作りながらゴールに迫るためにビルドアップしなければいけないのだ。
しかし、この試合におけるヴィッセルのビルドアップは、相手の動きを外すという部分がかけていたように感じる。
広島の選手が基本的には前に出てこなかったため、難しい面はあったと思う。
とはいえヴィッセルのボール回しは、広島のブロックの周りを回ってはいたが、ブロックを動かすことができていなかった。
これこそがビルドアップとボール回しの違いだ。
サッカーのゲームにおいて、個人がボールを握る時間は平均2分といわれる。
ということはボールの持ち方よりも、残る88分間の動きこそが重要になる。
いわゆる「オフザボール」の動きだが、ここで為すべきことは3つと言っても良い。
それは「パスコースを作る」、「味方のためにスペースを作る」、そして「味方が作ったスペースを使う」だ。
この試合におけるヴィッセルの選手は、一つ目の動きに終始してしまったように感じる。
確かにパスは回るようになってきた。
シーズン序盤のことを思えば、これは確実な成長といえる。
しかしプロの世界で頂点を目指すのであれば、それだけで足りる筈はない。
問題は二つめ、そして三つ目の動きだ。
ここは未だ未整備と言ってもよい。
これをオートマティックにこなせるレベルまで連携を高めないことには、リーグ戦を勝ち抜いていくことはできない。
この試合で明らかになったが、ヴィッセルの選手はボールを受けてから次の行動を決めることが多い。
そのためワンタッチでのパス交換が少なく、ツータッチ以上のケースが多いように感じられる。
これは周りの選手の動きを把握できていないということもあるかもしれないが、それ以上に攻撃に関する認識が選手間で差異があることを示しているように思う。
ブロックを組んだ相手をどのように崩していくかという課題を前に、選手間で統一した方法論が確立されていれば、そこは迷うことなくワンタッチでボールを動かしていけるのだ。

こうした方法論が確立していない最大の理由は、ルーカス ポドルスキ中心のサッカーにあるのかもしれない。
局面を読み解く目を含めて高いレベルでプレーできるルーカス ポドルスキが、神戸の宝であることは間違いない。
今のJリーグにこれ以上の選手はいない。
そのためヴィッセルの選手は、自分たちで考えずとも、ルーカス ポドルスキの動きに合わせていけば、それで事足りてしまうのも事実だ。
これまでにもヴィッセル相手にブロックを組んできた相手はいたが、それを打開するための方法はルーカス ポドルスキが自ら提示してきた。
試合後、三田啓貴はルーカス ポドルスキ不在の影響を問われると、「彼の局面を変えることができるパスは必要だったとも思います」と、素直にそれを認めた。
その上で「彼がいない分、自分たちでやらなければいけないですし、みんな、それをできるクオリティーは持っていると思う」と続けた。
ここが肝心なポイントだ。
もう少しゆったりとしたスケジュールでリーグ戦が進んでいれば、試合ごとにルーカス ポドルスキの動きをチームで分析し、それを個人レベルの理解に落とし込んでいけたのだろうが、この連戦ではそうはいかない。
目の前の試合をこなし、疲労を回復させることで精一杯になってしまうだろう。
しかしルーカス ポドルスキが出場した試合をもう一度分析し、その動きを理屈として理解することができれば、例えルーカス ポドルスキが不在であっても、同じことをチームとしてこなすことはできる筈であり、それだけの技術を持った選手が揃っている。
そして、それこそが本当の意味での「ルーカス ポドルスキ効果」だ。
ひょっとすると、今のヴィッセルに必要なのは、理屈でそれを学ぶ座学なのかもしれない。
前節終了後、吉田孝行監督は「アタッキングサードでの質」に対する拘りを口にした。
アタッキングサードまでボールを運ぶことはできるが、そこから崩すためのチャレンジが足りないという判断なのだろう。
この試合でもヴィッセルの選手たちは、必死にそこにチャレンジした。
相手の間でボールを受けるべく、密集の中に入り込み、そこで細かくつなごうとチャンレンジした。
しかしその方法論が一辺倒だった嫌いはある。
三田が言う通り、局面を変えるパスは最後まで見られなかった。
ここで考えるべきは「サイド攻撃」の意味だ。
吉田監督も、サイド攻撃の重要性については度々口にしている。
実際にこの試合でヴィッセルは右サイドを中心に、何度も仕掛けようとした。
しかし決定的な形は作れなかった。
その理由を筆者なりに考えてみると、サイド攻撃が単調なクロス攻撃になってしまっている点にあるように思う。
確かにサイドからのクロスは、中央にウェリントンのように圧倒的な高さのある選手がいる上では有効に思える。
しかしそれも相手の守備が、ある程度緩んだ上での話しだ。
何年か前に、日本代表がカンボジア代表に苦戦を強いられた時もそうだった。
サイドバックの選手が、マークする相手をかわしてクロスを入れたとしても、相手がゴール前にブロックを形成している中では、巧くいく可能性は低い。
ゴール前の人数は当然守備側の方が多く、彼らの目的はクリアすることにのみある。
こうなると技術云々ではなく、ボールに集中できる。
さらにクロスを打つ場所とゴールとの間に距離があるため、準備する時間が作れる。
攻撃側にとっては、相手がゴール前を埋め尽くしているため、クロスをピンポイントで入れなければならず、さらにシュートする選手は、その相手の上をいきながらGKの届かないコースを狙わなければならない。
これは相当に難易度が高い。
ではサイド攻撃とは何か。
そこには3つの鉄則がある。
一つはブロックの外側をサイドチェンジで動かすこと。
二つ目は、そこでディフェンスをスライドさせ、相手の選手間を広げること。
そして三つ目はペナルティエリア外からクロスを入れるのではなく、相手の隙間を縫ってペナルティエリアの中に侵入し、ゴールライン付近からマイナス方向にグラウンダーのパスを入れることだ。
要は、サイド攻撃とはサイドからボールを入れることではなく、サイドを起点として中に攻め込む攻撃方法であるということだ。
思い出してみると、ルーカス ポドルスキは、自分がボールを持った際に、ペナルティエリア外からクロスを入れることもあるが、多くの場合は、サイドでボールを受け、相手ブロックの外を動きながら、侵入できる隙間を探している。
この動きは、ルーカス ポドルスキでなくともできる。
さらに付記すると、相手ブロックを崩す際には、攻撃の選手をある程度狭いエリアに密集させる必要がある。
それはボールを失った際に奪い返しやすいからだ。
この試合でヴィッセルの選手も、そこは実践していた。
しかしそれに対して外からのクロスが多かったため、折角密集している場所とは無関係な方向にクリアされてしまい、そこからカウンターを受ける場面が散見された。
これでは勿体ない。
クロスボールを入れるか、グラウンダーで崩していくかの使い分けは、他の選手の配置に併せて変える必要がある。
サッカーにおいて「守備は理屈、攻撃は本能」という言い方をする人もいる。
これは本質的にはその通りだと思うが、攻撃が本能に依拠するのは、最後のフィニッシュの場面だけとも言える。
そこに至るまでの流れは、やはり理屈で説明できなければならないように思う。

2失点は喫したが、今回はその失点自体は、然程気にする必要はない。
1失点目は若い選手の経験不足が招いたPKであり、2失点目はリスクを承知の上で得点を奪いにいった結果だからだ。
1失点目を招いた佐々木大樹について、三田は試合後「それも経験です」と話したが、正にその通りだ。
映像で見直してみると、ペナルティエリアの外でのファウルであったようには見えるが、危険を冒してまでチャレンジする場面ではなかった。
佐々木がボールにチャレンジしたことは間違いないが、場所が悪かった。
審判の見る角度からは、佐々木が後ろから足を出したように見えたのだろう。
試合の流れを考えても、必要なかったプレーであったことは、佐々木自身が一番理解しているだろう。
これについては、筆者も三田同様、「授業料だった」という感想を抱いている。
佐々木の才能は疑うべくもない。
近い将来、ヴィッセルを支える選手になるだけの素質は十分に持っている。
相手に対して仕掛けることもでき、ゴール前でに嗅覚もある。
今の佐々木に必要なのは、この失敗を忘れることなく、しかし、これまで同様にアグレッシブにプレーする気持ちだ。
若い佐々木には、このミスを取り返すだけの時間は十分にある。
前節に続き、途中出場でレアンドロが登場した。
この試合では決定的なチャンスを一度迎えたが、シュートは相手GKの正面を衝いてしまった。
動きそのものは、レアンドロ本来の動きには未だ遠いが、前節よりもコンディションは高まっている。
この試合ではポジションを落としながら、チャンスメイクを狙ったりと、自分ができるプレーで攻撃を組み立てようとしていた。
経験と技術は文句なしだ。
後は本人のイメージ通りに身体が動くようになれば、以前のようにゴール前で危険な存在となるだろう。
この試合で筆者が心配になったのは、左サイドバックの橋本和だ。
激しく降り続いた雨の影響もあったとは思うが、どうもボールが足についていないように感じられた。
サイドからのカットインもあまり見られず、セカンドボールへの反応も鈍かった。
コンディションの問題があるのかもしれないが、前記の通りブロックを形成する相手を崩す上ではサイドの選手は大きな役割を担うだけに、本来の動きを取り戻して欲しい。
首位を快走する広島相手に喫した敗戦は、現時点での勝点を考えた時には痛かった。
しかし敢えて言う。
この先の伸び代という部分において、ヴィッセルは広島の比ではなく大きなものがある。
広島は最後まで、現状と然程変わらぬ強さだと思われる。
しかしヴィッセルは、今取り組んでいるサッカーが完成すれば、この試合で見せた姿とは次元の異なる強さを見せるようになるだろう。
そこに至る道のりは、決して楽なものではないが、今の選手たちならば十分に到達可能なものだ。
思うような結果が出ない中では、焦りもあるだろう。
しかし、ここが我慢のしどころだ。
選手たちが持っている技術を活かすためにも、もう一度攻撃を理屈で考えて欲しいなければならない。
そして、その理論と一致する動きを身体に覚えこませて欲しい。
勝点という結果は、思ったほどに残っていないかもしれないが、確実にチームは成長している。
この成長を促進するためにも、中2日で迎えるYBCルヴァンカップは有効に使って欲しい。
既にプレーオフ進出を決めているヴィッセルにとっては、勝敗を気にせず(とはいえプロである以上、勝利は前提だが)戦える数少ない機会だ。
ここで勝利だけを追い求めるのではなく、今直面している問題を解決するための攻撃を見せて欲しい。

筆者の知るサッカー関係者の誰もが「孝行には頑張ってほしい」と語るほど、人に愛されている吉田監督だが、今こそ指導者としての真価が問われている。
現役時代はクレバーなプレーで、何度もチームのピンチを救ってくれた吉田監督だからこそ、筆者も思い入れを持って応援している。
2010年、「奇跡」と呼ばれたJ1残留を成し遂げた後、「今度はタイトルを取って涙したい」と語った「頼れる男前」を信じたいのだ。