試合終了から程なくして、一つのブログが更新された。
ブログの所有者は、この試合でベンチ外だった田中順也だ。
タイトルは「最高の勝ち方」。
そしてそこには、「選手層も競争も充実してきた」と綴られていた。
その後も何人かの選手が、SNSを通じて情報を拡散していた。
試合でベンチ外だった選手がこのようにブログやSNSを積極的に更新するという事実を前にすると、チームのムードが高まってきたことを実感する。
自分が出場していなくとも、チームを全力で応援し、勝利を喜ぶことは、選手にとっての義務ではある。
しかし、そう単純に割り切れないのがプロの世界であることを、我々は知っている。
自分と同じポジションの選手が活躍するということは、自分の立場が弱くなるということでもある。
過去に筆者が話を聞いた幾人もの選手から、いつもライバルの失敗を願っていたという話を、引退後ではあるが聞いている。
同時に、そうした個人的な感情が消えるときというのは、チームが一丸となっているときでもあるという。
そうなったときのチームは強いそうだ。
勝利という共通の目的に向けて、チーム全体が歩み出すと、そこで日替わりヒーローが生まれ、理屈では説明のつかない力が働き始める。
田中のようなベテラン選手が、チーム内に存在するライバルの活躍を喜び、競争の激化を歓迎しているということは、ヴィッセルのチーム作りが新しい段階に歩を進めたということかもしれない。

それにしても、よく勝ったものだと思う。
試合の流れを取り返すのはベテラン選手でも難しいのだが、それを若手選手を中心に成し遂げたのは、チームの成長というべきだろう。
横浜FM戦から中二日で迎えたこの試合に、吉田孝行監督は全ての選手を入れ替えて臨んだ。
GKは前川黛也、最終ラインは右から小川慶治朗、那須大亮、宮大樹、橋本和の4人。
中盤は三原雅俊と安井拓也がボランチ、サイドハーフは右が郷家友太、左が中坂勇哉、そして2トップがウェリントンとハーフナー マイクという構成だった。
このメンバーを見て、試合前に筆者が考えたポイントは3つある。
1つは右サイドバックの小川、2つ目は左サイドハーフの中坂、そして3つ目は2トップの関係性だ。
これらはいずれも、今後のチーム作りにおけるポイントでもある。
ここが全て期待通りの活躍を見せたならば、明るい材料となるだろう。
吉田監督にとっても、祈るような気持ちだったのではないだろうか。
結論からいうと、3つのポイントはいずれも厳しい評価となった。
正確に記すと、期待はずれとなったのは2つ。
まず、2トップについては追試の要ありといった評価になるだろう。
というのも、試合を通じて2トップに期待するような形でボールが入るシーンは、ほぼ見られなかったからだ。
Jリーグでも屈指の高さと強さを誇るウェリントンとハーフナー マイクだが、前線までボールが来なかったため、自分たちで前を放棄し、ポジションを落としてボールを受けに戻らざるを得なかった。
またカウンターに出られる場面でも、その開始位置が低いため、途中でつなぎに入るケースも目立つなど、その特徴を活かした攻撃は組み立てられなかった。
個人的には彼らがゴール前の中央で勝負する姿が見たかったが、そこまで至らなかったのは、彼らの責任とはいえないと思っている。
以前から今季のヴィッセルの一つの形となるであろう2トップだと思っていただけに、残念ではあるが、次の機会にはサイドからのクロスに対して、ゴール前で勝負する姿を見せて欲しい。
次に久し振りの出場となった中坂だが、試合勘が戻りきっていなかったのだろうか。
本来の人を食ったような動きは、ついぞ見られなかった。
中坂の良さは、自分で仕掛けながらボールを前に運ぶことができる能力にあるのだが、この試合では長崎の守備網に引っかかる場面が散見された。
ただしこれは試合の流れそのものが、中坂には不向きなものであったことは割り引いて考えたい。
この日の主審を務めた福島孝一郎氏は、コンタクトプレーそのものは流しながら、試合の流れを寸断しない判定を心がけていたようだ。
そのため、長崎の守備はハードに身体を寄せてきた。
これは中坂のように、ワンタッチで相手をかわすような動きを見せる選手には不向きだ。
しかし良い時の中坂に比べて、ボールタッチが大きくなっていたことも事実だ。
足もと深くにボールを収める独特のテクニックを活かした突破は、殆ど見ることができなかった。
また周りの選手を使ってワンツーで抜こうとした場面では、パスの精度、スピードともに狂いが生じていたのか、効果的な動きとはならなかった。
結局、さほどの見せ場もないままに65分でピッチを後にした。
しかし我々は、中坂の実力がこんなものでないことは知っている。
今回は久し振りの公式戦ということを割り引いて考え、次の機会を楽しみにしておきたい。
最大のポイントとなったのは小川だ。
個人的には、ここが最も心配だ。
右サイドバックのポジションを争っている藤谷壮、高橋峻希と比較すると、その差は歴然としていたといわざるを得ない。
守備時にはポジション取りが曖昧になってしまい、外に開くにしても中に絞るにしても相手に主導権を握られたままだった。
さらに最終ラインでボールを動かしている中では、必ずと言っていいほどボールを右に置き換える動きが入るため、そこで詰められてしまい、下げざるを得なくなってしまうシーンも散見された。
攻撃に出た場面でも、単純な直線的動きになってしまい、サイドハーフを使ってインナーラップを仕掛けるような場面もあまり見られなかった。
まだサイドバックの動きに慣れていないと言ってしまえばそれまでなのだが、小川のポジショニングセンスを持ってすれば、それほどの時間は要しないと思っていただけに、少々意外ではある。
ここで少しだけ心配なのが、サイドバックに取り組むことに対してわだかまりを持っているのではないか、ということだ。
そう感じてしまうのは、以前、マッチデープログラム内のFOCUSで小川を取り上げた記事を読んだからだ。
その中で小川はこんなことを語っている。
長くなるが引用する。
「監督にサイドバックで勝負してほしいと言われた以上、そこに集中して、もっと自信を持ってプレーできるようになろうと思う気持ちはあるものの、『最終的に前で活躍するためのサイドバック』という考えは捨て切れていないというか。それもあってシュート練習も、あくまで『前』を預かったイメージでやっているし、サイドバックとして練習に取り組んでいることも、正直ない。でも、サイドバックでフル出場しようと思ったら、一度はその考えは捨てるべきかな、とも思うし…実際、公式戦でサイドバックを預かる中で感じている守備やミスへの恐怖心を取り除くには、練習を積み重ねるしかないですしね。ただ、サイドバックでも突破は求められるし、前をやる時より1対1で対峙する回数は増えますから。そういう意味では1対1での単純な強さを磨くためのサイドバックとも考えられるので、最近はあまりポジションのことを深く考え過ぎず、自分の良さで思い切って勝負することが、プレーに磨きをかけることにつながるかも、とは思い始めています」
この言葉から読み解けるのは、小川はFWとしての誇りが高く、そのポジションへの拘りを強くもっているということだ。
サイドバックへのチャレンジを自らに納得させるために、1対1に強くなるため、と思い込もうとするなど、もはや健気ですらある。
その気持ちは解る。
ヴィッセルのアカデミー時代から前線で勝負し、プロ入り後もそこで戦い、結果を残してきたのだ。
「明日からサイドバックをやってくれ」といわれても、早々納得できる話ではないだろう。
しかし、この気持ちこそが小川の成長を阻害しているようにも感じてしまう。
現在、横浜DeNAベイスターズでGMを務めている高田繁氏は現役時代、「塀際の魔術師」と呼ばれたほどの、卓越した守備力を誇る外野手だった。
その高田氏がサードにコンバートされたのは30歳の時だったという。
理由は守備力に不安のある選手が加入するためだった。
高田氏は当初驚いたが、そこで全力で新しいポジションに取り組むと腹を括り、コンバートを告げられたその日から練習に取り組んだという。
それだけの不退転の決意で臨んだからこそ、サードでもゴールデングラブ賞を受賞している。
小川といえば2010年、当時はまだ高校生ながらトップチームの試合に出場、印象的なゴールを何度も決め、J2降格の危機からチームを救ったいわば救世主のような存在だった。
縦に抜けるスピード、桁違いのスタミナ、そして抜群のポジショニングセンスは大ベテランのサッカージャーナリストをして「ついにこんな選手が日本人から出てきたのか!」と言わしめたほどの衝撃だった。
あれから8年が経過し、小川も今や25歳。
立派な中堅選手へと成長した。
しかしここ数年、かつての輝きが見られなくなっていることは事実だ。
選手のレベルが急速に上がっているため、前線のポジション争いは特に激化している。
そんな中で小川の持ち味を活かすために新に提示されたのが、サイドバックへの取り組みだ。
納得し難いのかもしれないが、こうしたチャンスを与えてくれた首脳陣に期待に応えるためにも、今は全力でサイドバックとしてのトレーニングに取り組んでもらいたい。
この試合終盤、サイドハーフにポジションを移してからは、問題なくチームに貢献する動きを見せていたことから、技術面での問題はないようだ。
この心配が杞憂であればいいのだが、筆者も思い入れのある大好きな選手であるだけに、もう一度輝きを放ってほしいと願っている。
前半、選手の距離が間延びしているように見えたが、それ以上にパススピードが不足していたように感じられた。
三原と安井のボランチコンビは一人が最終ラインに落ちてそこからビルドアップを試みるという、ヴィッセルのサッカーをやろうとしていたが、長崎の出足の早さの前にそれを防がれていた。
攻守の切り替えも、前半は長崎の方が早かったように思う。
そんな中で、中坂の軽い守備をきっかけに先制点を許してしまった。

試合の様相は後半に入ると、徐々に変化していった。
長崎の運動量が目に見えて落ちてきたのに対して、ヴィッセルの動きは前半と変わっていなかった。
これは、ここ数試合で見られる光景だ。
トレーニングメニューが効果的なのだろう。
明らかにヴィッセルの選手のフィジカル面は強化されている。
ここで吉田監督は選手交代を使って、流れを引き寄せた。
55分にはハーフナー マイクから増山朝陽、65分には中坂に代えて北本久仁衛を投入した。
そして北本をセンターバックに入れ、那須を右サイドバックへ移し、同時に小川を右サイドハーフに上げた。
それに伴い郷家を左サイドハーフとして、2トップはウェリントンと増山に変更したのだ。
この狙いについて吉田監督は試合後、那須にはサイドからのクロスを、増山には前からのプレスを指示したと明かした。
センターバックとしても積極的な上がりを見せる那須だが、サイドからのクロスの質は確かに高かった。
那須がサイドを使い出して、試合の流れは完全にヴィッセルへと傾いた。
そんな中で67分に同点弾が生まれた。
那須のクロスにウェリントンがドンピシャで合わせたのだ。
同点に追いついたことで、ヴィッセルの選手からは硬さが取れた。
そこからはヴィッセルのターンが続いた。

そんな中、後半アディショナルタイムに待望の勝ち越しゴールが飛び出した。
決めたのは高卒ルーキーの郷家だ。
サイドハーフでの起用が続く郷家だが、そのセンスはピカイチだ。
試合後、サイドでのプレーに戸惑いはあるかと尋ねられると、自分の得意なのは中でのプレーであり、積極的に顔を出したいと答えていた。
ここに郷家の巧みさを見る。
最初に受ける位置は外だが、そこから中に入っていき攻撃に加わるというのは、ザッケローニ元日本代表監督が当時の代表選手に要求したができなかったプレーだ。
これを18歳にしてマスターしつつあるというのは、郷家が人並みはずれたセンスの持ち主であることを示している。
待望の初ゴールは、チームのグループステージ突破を決めた値千金のゴールとなったが、これはきっかけに過ぎない。
スーパールーキーの飛躍には、多くの人の期待がかかっている。
この試合で特に目を引いたのは安井の動きだった。
長崎にペースを握られていた前半とヴィッセルペースになった後半とで、蹴るボールの質が変わっていた。
前半は相手の勢いを殺すために、精度よりも速度を意識してボールを蹴っていたように思う。
逆に後半は自分たちの流れを切らないために、精度を重視していたように見えた。
これを意図してやっているのであれば、試合の流れが見えている選手といえる。
また相手に寄せられても動じることなく、ターンで相手をかわし、そこから味方につけていく技術もある。
キック精度も高い。
郷家の決勝点をアシストした場面では、文句のつけようのないボールを蹴っていた。
比較的早いプレーを見せる選手が多いヴィッセルにおいて、ゆっくりとしたリズムを作り出せる安井は貴重な存在だ。
そしてもう一人特筆すべきは、最後までゴールマウスを守り続けた前川だ。
先制点こそ奪われてしまったが、それ以降は落ち着いたプレーを見せ続けた。
78分には新里涼が直接狙った強烈なFKを慌てることなく弾き出した。
その後もサイドからのクロスに対して、安定した飛び出しで攻撃を寸断し続けた。
試合を重ねるごとに安定感を増す前川だが、この成長はチームを下支えする。
コーチングの声もしっかりと出ており、最後方から安心感をチームに与えられるようになってきた。

最後にもう一人だけ取り上げておきたい。
それは北本だ。
郷家の決勝ゴールの場面では、那須と北本が郷家に留まるようアドバイスをした上で、自分たちが動き、郷家のスペースを作り出した。
これこそがベテランならではの動きだ。
肝心の守備でも、相手の素早い動きに翻弄されたとしても、最後の場面は守り抜く強さが健在であることを見せた。
ボールを奪うと積極的に前にボールを送ろうとするなど、今なお成長を求める姿は、若い選手たちに良い影響を与えるだろう。
この百戦錬磨のベテランが後ろに控えているという安心感は大きい。
この勝利でヴィッセルはグループリーグ突破が確定した。
これはどのクラブよりも早い。
さらにYBCルヴァンカップに限っていえば、勝ち点、勝利数、得点、得失点差は参加クラブ中最多であり、失点は参加クラブ中最少タイと見事な結果を残している。
昨季までと異なるのは、意図的にターンオーバーさせながらこの結果を出しているということだ。
多くの若手選手がここで出場経験を積んでいることを考えると、巧くチーム強化に使いながら戦えていると言っても良いだろう。
残り2試合は、勝敗を気にすることなく戦えることも大きい。
次戦は、またもや中2日での試合。
名古屋をホームに迎え撃ってのリーグ戦だ。
風間八宏監督の下、独特のサッカーを展開するチームだけに、どのような戦いになるか予想も付かない。
とはいえ混戦状態のJ1リーグを考えれば、ここで勝ち星を落とすわけにはいかない。
名古屋戦に出るであろう選手たちにとっては、良い刺激を与えた長崎との一戦だった。

今日の一番星
[ウェリントン選手]
今回は、試合の流れを一気に引き寄せた同点弾を決めたウェリントンを選出した。那須からのクロスにドンピシャで合わせ、的確にゴールを捉えた技術もさすがだが、それ以上に守備での貢献度が高い。相手の最終ラインやボランチに対して、労を惜しまずプレスをかけ続ける動きは素晴らしい。攻撃時にも、この献身的な動きは発揮されている。チームの流れが良くない時には、自らゴール前からポジションを移し、身体を張ってボールを握り、時間を作ろうとする。そしてゴール前に入ると、積極的にシュートを狙う姿勢は、これぞストライカーというべきものだ。64分に見せた豪快なオーバーヘッドキックは相手GKのスーパーセーブに阻まれてしまったが、迫力は十分であり、長崎の守備陣に怖さを与えた。ここへ来て存在感を増しているウェリントンに文句なしの一番星。