神佐々木大樹(23分)
速報版の中で、筆者はこの勝利を「チームの勝利」と表現した。
今回はこの話から始めたい。
過去に何度か書いたことがあるが、ヴィッセルの歴史を紐解くとき「2006年」という年は特別な意味を持っている。
この前年、ヴィッセルはクラブ史上初の「J2降格」を経験した。
そして、それを機に「発掘・育成型のクラブ」への転換を表明したのだ。
それ以前から、ヴィッセルに育成組織は存在していた。
しかしそれが機能していたかと問われれば、首を傾げざるを得ない。
それまで何度か「J2降格」の土俵際に追い詰められたチームを救ってきたのは、補強した外国籍選手や他クラブから移籍してきた選手たちだった。
それまでにもアカデミーからトップチームに昇格した選手は数名いたが、戦力になっていたとはいえない状態だった。
このような状態は、ヴィッセル以外のクラブにも見られた。
自前で選手を育て、その選手たちが中心となってチームが強化されていくという流れが理想であることは、誰もが承知していた。
しかし、それを実現できているクラブは数えるほどしかなかった。
その理由は、このやり方が非効率だからだ。
優秀な小中学生を発掘するスカウト網の確立、アカデミーでの教育体系のハード・ソフト両面における整備など、どれ一つを取ってみても10年単位の中長期的計画として取り組まなければならないことばかりであり、しかも必ず結果が出るという保証もない。
しかもその間、トップチームは成績を求められる。
これは、傍から見る以上に難事だ。
筆者の知る限りでも、様々なクラブがこれに取り組もうとしたものの、その費用対効果の悪さに徒労感を覚え、途中で断念している。
それだけに、この時の三木谷浩史会長の決断は重いものだった。
今でこそヴィッセルのU-18はプレミアリーグの強豪として高評価を得ているが、スタート時には、決して目立った存在ではなかった。
結果が出るまで、やはり一定以上の時を必要としたが、その間途切れることなくアカデミーへの投資を続け、環境を整備してきた経営判断は高く評価されるべきだろう。
その中から出てきたのが小川慶治朗であり、中坂勇哉であり、安井拓也であり、藤谷壮であり、佐々木大樹であり、小林友希なのだ。
さらに下の世代に目を転じても、世代の代表に選出されている選手が大勢いる。
このように着実に力をつけてきたヴィッセルのアカデミーで育った選手たちが中心となって勝ち取った勝点3であるだけに、この日の勝利は大きな意味がある。
試合後に三木谷会長もツイートしていたように、アカデミーの実りを感じることのできる勝利であり、大袈裟にいえばヴィッセルの明るい未来を予感させる勝利だった。
現在のJリーグで強豪と呼ばれるチームは幾つかあるが、筆者が個人的に、最も強さを感じているのが柏だ。
昨季の対戦では、8人のアカデミー出身の選手たちが織り成す連携の巧みさにに驚かされた。
シーズンを勝ちきるまでの強さは未だないのかもしれないが、崩れきらない芯の強さを感じた。
その結果、優勝争いには絡めなかったものの、最終的にAFCアジアチャンピオンズリーグの出場権は掴み取っている。
アカデミー出身の選手がフレームを形成し、その中に外国籍選手や移籍してきた選手が嵌りこむ形を作れるクラブが醸し出す強さには、一種独特のものがある。
古いところでは日本リーグ時代の読売クラブや10数年前のG大阪が持っていた強さがこれに当たる。
そしてヴィッセルもその強さを持ち得るのではないか。
そんな幸せな予感を抱かせてくれた、素晴らしい夜だった。
次に試合を振り返ってみる。
今季のYBCルヴァンカップのレギュレーションでは、グループリーグ4チームの中で2位以内に入ることで、次のステージ(プレーオフ)に進むことができる。
昨季までのレギュレーションよりは余裕があるようには思うが、それでも順位表を睨みながらの戦いを強いられるという点では変わりない。
加えて15連戦という過密日程を考えると、どのようにターンオーバーさせていくかという点において、ベンチの判断が問われる。
この試合で、吉田孝行監督は11人全てをターンオーバーさせた。
試合前の時点でグループ首位にいるとはいえ、勝点差がないことを考えると大胆な決断であるように思えた。
この試合のメンバーはGKが前川黛也、最終ラインが小川、那須大亮、宮大樹、ティーラトン、ボランチは安井と松下佳貴、2列目は増山朝陽、佐々木、渡邉千真、そしてワントップがウェリントンという布陣だった。
この中で宮は公式戦デビュー、安井は今季初の公式戦出場、佐々木は初の公式戦先発となっていた。
どんなベテラン選手でも、シーズン最初の試合は緊張するという。
そう考えると、若い3人の選手を同時に「初物」として揃えるというのは、吉田監督にとっても怖かったのではないだろうか。
しかしそこで思い切ることができたのは、質の高いトレーニングができているという自信があるからなのだろう。
対する湘南は7人をターンオーバーさせてきた。
敗戦が続いている中で、最低限の力は担保しつつ、勝利することでチームのムードを変えたいという曹貴裁監督の思惑が透けて見える布陣だった。
こういった試合ではどちらが先に流れをつかむかという点が、試合の趨勢を決める。

そこでヴィッセルに勢いをつけたのが18歳の佐々木だった。
キックオフ直後、前に出ることで相手のボールをカットし、そのまま右サイドを駆け上がり、中央へ巧く折り返した。
この場面では中央のウェリントンが相手に寄せられ、十分な体勢でシュートできず得点とはならなかったが、チーム全体から硬さを取り払った。
そしてこの佐々木が先制点を挙げるのだから、正に若さとは勢いだ。
23分にゴールキックをウェリントン、渡邉と縦につなぎ、そこに抜け出した増山が右に流れながらキープし、高いボールを折り返した。
これに後ろから走りこんだ渡邉が頭で合わせるも、これは左ポストを叩いた。
そのリフレクションが逆側のゴールラインにこぼれたところに走りこんだ佐々木が、相手をかわして左足で角度のない位置からゴールに押し込んだのだ。
試合後、佐々木はテレビのインタビューに対して「前に上がったらこぼれてきた」と嘯いていたが、そうではない。
試合を通じて佐々木はボールに絡む回数が多かったが、それは佐々木にゲームの中でボールの流れを読む能力がある証左だ。
これは教えてできるものではなく、ある種のセンスだ。
これがあるからこそ、渡邉とウェリントンがボールに飛び込んだ時点で佐々木はゴール右のスペースを見つけていた。
さらに、密集の中でも落ち着いてボールを扱えるテクニックと柔らかさを持っている。
こぼれたボールを佐々木がトラップした直後、相手選手が守備に戻ってきた。
佐々木にとって正面からは相手GKも迫っていたが、ここで佐々木は右手でポストを確認しながら、相手が体勢を崩すのを待って左足でゴール方向に巻き込むようにボールを触っている。
咄嗟の判断としては最良のものだ。
相手の動きを冷静に見ながら、ゴールライン上という角度のない位置からボールの向きを変えるテクニックと、右手で体勢をキープする柔らかさがあればこその先制点だった。
佐々木はその後も、相手の寄せを受け流しながらボールをキープする技術を随所で見せた。
風貌とは逆の柔らかいプレーは、前線で時間を作り出す上では最適だ。
さらに試合終盤もプレスをかけ続けるスタミナもある。
こうしたプレー面に加えて、インタビューにも物怖じしない度胸、愛嬌のある表情など、人気選手になる要素を十分に持っている。
佐々木のゴールで先制したとはいえ、試合全体を通して見ると、前半は湘南ペースの試合だった。
吉田監督も試合後の会見の中で「自分たちがやりたいサッカーを、湘南にやられてしまった」と語っていたが、前半ははっきりとしない戦い方に終始していた印象がある。
その要因のひとつはナーバスすぎる判定にあった。
6分間で3人もの選手に対してイエローカードが提示されたように、主審はカードでゲームをコントロールしようとしていたようだった。
この結果、ボールをどこで取るかという部分が明確にならず、相手の動きに対して腰が引けた守備になってしまっていた。
そんな中で決定的なピンチも迎えていた。
18分にはヴィッセルの左サイドに侵入した高山薫がクロスを上げ、これに中央で端戸仁が頭で合わせた。
このシュートはバーを叩き、失点とはならなかったが、完璧に崩された形だった。
高山が侵入した時点ではティーラトンがかわされ、クロスは宮と那須の頭を超える精度だったことで、2人に3人が翻弄される格好になってしまった。
またそれ以外にもヴィッセルの右サイドが狙われるシーンが多く、守勢に回る時間帯が長かった。
最後の部分で宮と那須を中心に集中した守備を見せ、また相手の精度の低さにも助けられる形で無失点で切り抜けたが、前半は試合の流れが湘南にあったことは間違いない。
右サイドバックとして先発した小川だったが、やはり守備の部分で不安は感じさせた。
経験が浅い選手にはよくあるのだが、バックパスを出す瞬間のボディアングルに問題があるように思う。
バックパスを出す際には、相手の走路を予測し、届かないように出さなければならないのだが、まだ右サイドバックとしての経験が浅い小川には、そこまでの余裕はない。
そのため湘南の早いプレスを前にすると、蹴ることで精一杯になってしまう。
ここはトレーニングの中で身につけていくしかない。

サッカーではよくあることだが、内容と結果は必ずしも一致しない。
ヴィッセルは、前半のうちに2点目を挙げることに成功している。
30分にティーラトンが左サイドで相手の裏に出したボールに、ウェリントンが走り込み、相手選手との競り合いを制し抜け出した。
そしてペナルティエリア左から右足を振り抜き、ゴール右上隅に見事なコントロールショットを決めた。
ここではウェリントンのクレバーさが光った。
ティーラトンか出たボールに対しては、湘南の右サイドバック坂圭祐の方が有利な体勢だった。
前にナーバスな笛と書いたが、主審は手が上がった状態での接触に特に厳しかった。
それを把握していたのだろう。
ウェリントンは坂の後ろでゴール方向に進路を変え、坂を進路上に置いた状態で身体を当てている。
そのため主審はファールを採りにくかった。
強い肉体を活かすためのクレバーな仕掛けだった。
さらにこの直前、吉田監督が判定基準に対して第4の審判に抗議の意思を示していた。
これを主審も知っていたため、判定に対して慎重にならざるを得なかったのだろう。
こうして悪いなりにも2点のリードをつけて後半を迎えることができた。

後半は一転してヴィッセルペースとなった。
その流れを作り出したのは、ボランチで起用された小林友希だった。
U-18日本代表ではセンターバックを務めている小林だが、さすがに世代を代表する選手だった。
センターバックとしての強さに加え、足もとの技術にも長けている。
この試合では松下との交代でボランチとして起用されたが、ボールの収まりが良かった。
湘南のプレスを時には跳ね返し、時には掻い潜る形で硬軟両面を使い分けながらボールを収め、ピッチの中央でハブとしての役割を果たしていた。
さらに縦に出て行くこともできるため、チーム全体を前に押し上げることもできる。
驚くべきは、小林がボランチでプレーするのは、この試合が人生で2度目だということだ。
1度目は練習試合で経験したそうだが、とても2度目とは思えないプレー振りだった。
本人にとっては攻守両面で満足できなかったようだが、その能力の高さは驚嘆に値する。
シンプルにボールをはたくことは意識していたようだが、そのパスコースの選択が巧みだった。
基本的に前を意識しているため、小林にボールが入ると、相手選手は一瞬足を止め、その動きを注視する。
この間を作り出せる能力は、ボランチとして貴重なものだ。
さらにボールをキープするときの懐も深いため、相手の前にボールを晒して引き付けることもできる。
試合後、吉田監督は小林について「ほぼミスもなく、こうした選手が日本のサッカーには必要だと思う」と語っていたが、筆者も同意見だ。
試合後、小林自身は同世代の選手がトップチームの試合に出場しているため危機感を感じていたと語っていたが、今後、ヴィッセルの中でも大きな存在になることは間違いないだろう。
ボールを自分たちで支配するようになったことで、ヴィッセルは試合のペースを掌握した。
後半は危なげないままにゲームを進め、最後はセットプレーの中で宮がファールを受けPKを獲得。
これを渡邉がキッチリと決め、ゲームを決定付けた。
YBCルヴァンカップ連続出場を続けている前川だが、試合を重ねるごとに安定感のある守備を見せるようになっている。
この試合では前後の判断も落ち着いていた。
さらにキック精度も高い。
ミスキックは数えるほどであり、殆どのボールを味方につけていた。

そしてこの試合でプロデビューを果たしたルーキーの宮だが、こちらも学生ナンバーワンの称号は伊達ではないところを証明した。
前半は攻め込まれる時間も長かったが、28分に端戸のシュートをブロックするなど、ゴール前で落ち着いたプレーを見せた。
この場面では端戸がペナルティエリア右で受け、左足に持ち替えているのだが、その動きを冷静に見ながらしっかりとシュートコースを切っていた。
試合終盤にはPKを獲得したように、セットプレーの中で身体を張ることもできる。
持ち味である左足からのフィードを繰り出す場面は少なかったが、パス精度の高さは印象に残った。
センターバックのレギュラー争いに割って入るだけの実力は、間違いなくある。

そしてもう一人この試合で特筆すべきは増山だ。
84分に藤谷との交代でピッチを後にするまで、スピードを落とすことなく走り切った。
最後は足を攣っていたが、その運動量は十分だった。
前にボールを運ぶテクニックがあることは解っていたが、ルーキーイヤーの輝きに陰りが見えていたことも、また事実だ。
その理由は、自分の持ち味をチームの中でどう活かすかが見つけ切れなかったためだと思うが、今季の増山はその迷いが取れたように感じる。
ポゼッションにこだわる今季の戦いの中で、増山は動き回りながらボールを運ぶ役割を担っている。
かつて田中英雄が得意としていたプレーの上位互換と言っても良いだろう。
プレーに迷いがなくなった分、集中もできている。
後半、相手のリスタートでボールをカットするなど、曲者としての動きもできるようになっている。
同年代の選手が躍動する中、増山は輝きを取り戻しつつある。
最後まで危なげなくクリーンシートでの勝利を挙げたヴィッセルだが、若手選手の技術の高さを見せ付ける勝利だった。
特にアカデミー出身の選手たちの、密集の中でも余裕を持ってボールをつなぐ能力は素晴らしい。
相手に寄せられても、常にルックアップできているため、選択肢を複数持っている。
野田知U-18監督の下で作り上げたサッカーが、今季のヴィッセルにはフィットしているのだろう。
次は、彼らがリーグ戦で躍動する姿を見たい。
相手の強度やスピードは、この日の湘南とは比べ物にならないほど高いが、そこにアジャストできるだけの能力を持った選手が揃っている。
そのレベルまで彼らがレベルアップしたとき、ヴィッセルのサッカーは新時代を迎えるだろう。
この試合で出場した14選手の内訳を見てみるとアカデミー出身選手が5人、生え抜き選手が4人となっている。
実に3分の2近くが「発掘・育成」の中から登場した選手たちだった。
この日見た光景を、今度はリーグ戦のタイトルがかかった場面で見ることができる日はそう遠くないのかもしれない。
そんな夢を見せてくれた選手たちに感謝したい。
今日の一番星
[安井拓也選手]
先制点を挙げた佐々木と最後まで迷ったが、今回は終始試合をコントロールした安井を選出した。湘南の早いプレスに対して、最後まで慌てる場面は見られなかった。湘南ペースで進んだ前半、試合を崩さなかったのは、中盤で落ち着きを作り出していた安井の力に拠る部分も大きい。今季初の公式戦となったが、若さに似合わぬ落ち着きは見事だ。昨季までより一列後ろでの起用となったが、ボールを握りながら、周りを巧く使うことのできる選手であるだけに、ボランチの適正は高いように思う。派手さはないが、ミスの少ないプレーは貴重な存在となる。大きな展開を作り出す場面は見られなかったが、着実にチームを前に進め続けることができるのは、視野の広さゆえだろう。本文中で書いたように、誰もが緊張するシーズン初めてのゲームでアピールできる気持ちの強さも、一流選手になるためには大事な要素だ。今後の活躍に期待を込めて一番星。